富士五山

記事本文へ

富士五山は、駿河国富士郡にある富士門流5本山の総称。古くは「富士五ヶ寺」「富士郡法華五ヶ寺」とも書かれた。いずれも日蓮の最高弟日興とその弟子たちによって鎌倉~南北朝期に開かれ、爾来富士門流の中核を成してきた。

スポンサーサイト

南条時光

南条時光
正元元年(1259)-元弘2年(1332)5月1日

鎌倉後期の武士。仮名は七郎次郎。駿河国富士郡上方上野郷(現在の富士宮市上条、下条など一帯)の地頭職で、日蓮の強信者。

父兵衛七郎が熱心な日蓮信者で、時光は家督とともに信仰も引き継いだ(日蓮は兵衛七郎の墓参をしている)。身延山の日蓮のもとへしばしば供養の品を届け、熱原法難(日蓮信徒への迫害)が起こったときは信徒たちをかくまった。日蓮はかれの信仰の深さをたたえ、「上野賢人殿」と称している。

時光は、日蓮の高弟日興の門人でもあった。日蓮没後、身延山を下った日興をあつく迎え、正応3年(1290)屋敷の鬼門に大石寺を建立寄進。また永仁6年(1298)重須地頭石川氏らと重須本門寺を建て、正中元年(1324)には屋敷を寺(下条妙蓮寺)に改め、日興の高弟日華を開山に迎えた。元弘2年(1332)5月1日、74歳で逝去。

子の日相・日眼は下条妙蓮寺、甥日目や外孫日道・日行は大石寺、内孫日伝は小泉久遠寺・保田妙本寺を継いだ。

〔社寺探訪〕日興めぐり

記事本文へ

平成24年4月29日(土)

富士五山を中心に、富士門流ゆかりの日蓮系寺院を思いつくまま参詣した。

あと、開山堂の前に大きな十三重塔が出現していた。昨年奉納されたそう。色合いはまだなじんでいないけれど、姿かたちは堂宇とつりあいがとれていていいあんばい。10年後くらいが楽しみ......
  • 探訪リスト
    • 岩本山実相寺→萱守山妙円寺→小泉久遠寺→重須本門寺(北山本門寺)→大石寺→富士山東光寺→下条妙蓮寺→下之坊→西山本門寺→河合山妙興寺

大鏡山本光寺

記事本文へ
名称本光寺ほんこうじ [山号:大鏡山だいきょうざん
所在静岡県富士宮市宝町13-20
宗派日蓮宗本尊曼荼羅
創建大永5年(1525)2月開基日国上人
開山日国上人本寺北山本門寺
寺紋鶴の丸、三巴
交通JR西富士宮駅より徒歩8分 駐車場有

井出正次

井出正次
天文21年(1552)-慶長14年(1609)2月26日

戦国期~江戸初期の徳川家奉行人。通称甚之助、志摩守を称した。もとは駿河国富士郡の土豪で、のち徳川家康のもと三島代官、駿府代官・駿府町奉行を歴任した。

はじめ今川氏真に仕え、武田信玄の駿河侵攻時には大宮城代・富士信忠らとともに防戦。永禄12年(1569)には今川氏の盟友・北条氏政から感状を受けている。天正10年(1582)徳川家康の甲斐侵攻時に登用され、家康が駿・甲両国を手にすると富士郡および周辺地域の民政を任された。北山用水の開削、伝馬人整備などに携わり、また寺社領安堵状など多くの文書を発給している。

これら政治手腕が認められ、家康の関東移封後は伊豆国に300石を知行し、三島代官として伊豆国を管轄。のち駿府代官・駿府町奉行となった。慶長14年(1609)2月26日、58歳で没。自決という。

日興

日興
寛元4年(1246)3月8日-元弘3年(1333)2月7日

鎌倉中期~後期の日蓮宗の僧。日蓮の最高弟六老僧のひとり。伯耆房、白蓮阿闍梨と称した。甲斐国鰍沢の生まれ。富士門流(日興門流)の派祖であり、大石寺重須本門寺を開いた。

幼少のころ、母の実家に近い天台宗四十九院(駿河国)の供僧となり、四十九院および関わりの深い岩本実相寺で修学した(四十九院は実相寺末か別院だったと考えられている)。やがて実相寺に入寺した日蓮に師事。駿河や甲斐、伊豆を拠点に布教し、日蓮の最高弟六老僧に名を連ねた。

日蓮没後、日興は身延山久遠寺で祖廟の守護にあたった。しかし、地頭波木井実長らと教義上の確執が生じたため、正応元年(1288)12月に離山。翌年、駿河国上野の地頭南条時光に迎えられ、正応3年(1290)大石寺を、永仁6年(1298)重須本門寺を建立し、後進育成にあたった。元弘3年(1333)2月7日没。88歳。「本六」「新六」と呼ばれる計12人の高弟がいた。

重須本門寺(北山本門寺) 末寺

記事本文へ

重須本門寺(日蓮宗大本山)は、かつて100に迫る末寺(塔中・孫末ふくむ)を抱えた。維新後、廃寺や離脱で数を減らしたものの、いまも39か寺が本山とともに日蓮宗の興統法縁に属している。

重須本門寺(北山本門寺) 塔中

記事本文へ

重須本門寺の塔中はこんにち、養運坊・西之坊・養仙坊・蓮行坊・東陽坊・行泉坊の6か坊となっている。いずれも本山と同じく日蓮宗の興統法縁に属している。

重須本門寺(北山本門寺)

記事本文へ
名称本門寺ほんもんじ [山号:富士山ふじさん] (通称:重須本門寺おもすほんもんじ北山本門寺きたやまほんもんじ
所在静岡県富士宮市北山4965
宗派日蓮宗寺格大本山
本尊曼荼羅創建永仁6年(1298)
開基石川能忠開山白蓮阿闍梨日興上人
寺紋鶴の丸、三巴鎮守垂迹堂、重須大神
備考貞観政要巻第一 藍紙細字金字法華経(以上、重文)、曾我物語重須本(県文)、題目杉(県天然)
交通JR富士宮駅より北6km 駐車場有

神力神社

記事本文へ
名称
神力神社じんりきじんじゃ
所在
静岡県富士宮市北山字貫間418
主神
貫間大明神
創建
不詳
例祭
9月19日(陰暦)
敷地
459坪
神紋
七曜(本殿)
社格
旧無格社
備考
重須本門寺元末社(末寺)
神徳
不詳
交通
JR富士宮駅より北6km 駐車可能
NEXT≫
ブログ内検索
エントリーリスト
表示中のエントリー
→次
富士地域 神社・仏閣名鑑


参加中
にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へにほんブログ村 地域生活ブログ 静岡情報へ
特集ぺーじ
富士山 岳鉄でめぐる神社仏閣
村山大日堂と富士山興法寺 富士山東泉院と下方五社
富士横道観音霊場 浅間御子
三股淵 田貫湖
備忘録
過去ログ

2014年 06月 【1件】
2014年 05月 【1件】
2014年 04月 【3件】
2013年 05月 【3件】
2013年 04月 【1件】
2013年 02月 【1件】
2013年 01月 【11件】
2012年 12月 【8件】
2012年 11月 【12件】
2012年 10月 【16件】
2012年 09月 【13件】
2012年 08月 【8件】
2012年 05月 【1件】
2012年 03月 【1件】
2012年 01月 【8件】
2011年 12月 【10件】
2011年 11月 【10件】
2011年 10月 【11件】
2011年 09月 【2件】
2011年 08月 【6件】
2011年 07月 【1件】
2011年 06月 【4件】
2011年 05月 【3件】
2011年 04月 【14件】
2011年 03月 【3件】
2011年 02月 【8件】
2011年 01月 【6件】
2010年 12月 【6件】
2010年 11月 【8件】
2010年 10月 【9件】
2010年 09月 【6件】
2010年 08月 【14件】
2010年 07月 【2件】
2010年 06月 【6件】
2010年 05月 【8件】
2010年 04月 【3件】
2010年 03月 【6件】
2010年 02月 【6件】
2010年 01月 【5件】
2009年 12月 【3件】
2009年 11月 【5件】
2009年 10月 【9件】
2009年 09月 【8件】
2009年 08月 【7件】
2009年 07月 【6件】
2009年 06月 【10件】
2009年 05月 【12件】
2009年 04月 【10件】
2009年 03月 【13件】
2009年 02月 【8件】
2009年 01月 【10件】
2008年 12月 【9件】
2008年 11月 【14件】
2008年 10月 【13件】
2008年 09月 【16件】
2008年 08月 【11件】
2008年 07月 【11件】
2008年 06月 【12件】
2008年 05月 【9件】
2008年 04月 【12件】
2008年 03月 【9件】
2008年 02月 【9件】
2008年 01月 【6件】
2007年 12月 【5件】
2007年 11月 【8件】
2007年 10月 【10件】
2007年 09月 【8件】
2007年 08月 【9件】
2007年 07月 【8件】
2007年 06月 【8件】
2007年 05月 【8件】
2007年 04月 【14件】
2007年 03月 【91件】

リンクサイト
プロフィール
Author:やそば

  • 富士地域(静岡県富士市、富士宮市)の神社仏閣メグラーです。身近な歴史遺産たる「神社仏閣」を介し、郷土の歴史を掘り下げています。
    富士おさんぽ見聞録
    備忘録
    twitter (bot
    画像倉庫
  • 文章・写真などの無断転載を禁じます(必要でしたらご一報ください)。出典を明らかにした上であれば、引用は構いません。
  • お問い合わせは以下からお願いします。
    メールフォーム
    twitter
Twitterもやっています
 
富士山 岳鉄でめぐる神社仏閣
富士横道観音霊場 浅間御子
村山大日堂と富士山興法寺 富士山東泉院と下方五社
三股淵 田貫湖
備忘録