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岩渕・松野を走る

すっきりとしない曇天の28日、
2輪で富士川町の社寺めぐり。
すべて再訪です。

本日は無計画。
なので、とりあえず写真を撮り直したかった
八坂神社・稲荷神社の参拝を目的とし、
道すがら目についた寺院へ寄り道することに。

↓は光栄寺の参道で出会ったねこ。


八坂神社
庵原郡富士川町岩渕415。主神:須佐之男命、旧社格:村社。富士川西岸の丘陵部に鎮座する。富士川渡船の鎮護・守護神として勧請された岩渕の産土神。当初、社殿は岩渕大畠に建立されたが、明和元年(1764)に焼失、寛政7年(1795)に遷座した。例祭は7月中旬。(08:49)


水神社
庵原郡富士川町岩渕1310-1。主神:水波之賣命、旧社格:無格社。富士川の川筋変動により、対岸へ移った松岡水神社の代わりに勧請された河岸安全の守護神。天明5年に横手から船山町に移り、さらに東名高速建設に伴い、法人格はそのままに八坂神社境内へ遷座。(09:09)


光福山新豊院
庵原郡富士川町岩渕328。本尊:釈迦牟尼仏。正治元年(1199)、真言宗寺院の光明山心包院として開創。天文4年(1535)8月に心岳寺(藤枝市)3世学叟昌文が曹洞宗に改め、延宝7年(1679)に山・寺号を改称。町文に山門・聖観音菩薩像・薬師如来像・大観音画像。(09:25)


曹溪山清源院
庵原郡富士川町岩渕553。本尊:聖観世音菩薩。河岸の有力商人を多く檀家に持った曹洞宗寺院。天正年間(1773~92)、祐天慶公が字下屋敷に建立。元禄4年(1691)に星山茂天が現在地へ移した、或は宝永4年(1707)に物山義襌が移し、星山茂天を開山にした。(09:49)


岩正山光栄寺
庵原郡富士川町岩渕1135-1。本尊:一塔両尊四士。富士川橋西方の丘陵にある日蓮宗寺院。天正10年(1582)等覚寺を退隠した日正が、岩渕大畠に建立した法華堂が前身。万治元年(1658)、門弟日浄が豪商・大村氏の助力によって現在地に移し、山・寺号をつけた。(10:01)


稲荷神社
庵原郡富士川町南松野1365。主神:宇迦之魂命、旧社格:村社。新井・矢所・平清水・漆野・中山・足久保の産土神。天正元年(1573)創祀と伝わり、文化6年(1809)伏見稲荷大社より正一位稲荷大明神の尊号を受け、明治8年に稲荷大明神から稲荷神社へ社号変更。(10:17)


妙法山永精寺
庵原郡富士川町南松野1481。宗派:日蓮宗、本尊:一塔両尊四士。前身は弘安6年(1283)に六老僧日持が開創した「妙法山蓮永寺」。蓮永寺は寛永元年(1624)、徳川家康の側室養珠院によって駿府へ移されたため、当地檀徒は跡地に堂宇を再建、永精寺を興した。(10:30)


朝陽山東光寺
庵原郡富士川町南松野44。宗派:臨済宗妙心寺派、本尊:薬師如来。古書を焼失したため、開創年暦不詳だが、寺伝は大原雪斎の開山とする。近世中期、石野筑前守範種が帰依、大般若経600巻及び転読供養料(年米3俵)を寄進されるなど、石野氏の香花所として隆盛。(10:46)


文珠堂
庵原郡富士川町北松野。本尊:文殊菩薩。元禄16年(1703)建立の知恵の神。伝承によると、富士川の洪水で市川大門(山梨県)の文殊菩薩像が流出、当地へ流れ着いたところを里人が祀った。あるいは市川大門から出稼ぎにきた人々が、故郷と同じ文殊菩薩を祀った。(11:05)

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吉永・今泉・杉田を走る

気温も下がり、だいぶ秋めいてきた27日、
2輪で富士市~富士宮市の社寺8所めぐり。
杉田浅間神社と安養寺は初参詣です。

まず、中里八幡宮を参拝し、写真を撮り直し。
その後、県道76号を北上して間門と鵜無ヶ渕へ。
間門浅間神社では、氏子の方とお話する機会に恵まれ、
境内社の建て替え情報をいただきました。
2~3日後から取りかかり、11月完成だそうです。

引き続いて県道76号をすすみ、
今宮浅間神社をへて富士宮市杉田へ。
杉田浅間神社は、拝殿・本殿の塗り替え工事中。
作業中の業者に完成時期をたずねたところ、
「あと外壁が残っている。お祭りには間に合うよ。」
とのことでした。


八幡宮
富士市中里字宮組1017。主神:誉田別命・息長足姫命、旧社格:村社。文永年間(1264~74)地頭・冷泉中将隆茂が創建した須津庄の鎮守。中世、本山派修験・多門坊を別当に、今川・北条・武田氏などに庇護され、江戸期は朱印地11石と除地32石5斗1升4合を領した。(08:12)


浅間神社
富士市間門240。主神:木花之佐久夜毘売命、旧社格:村社。承安年間(1171~74)、日本武尊が東征の折に滞在したという夷城の跡地に建立。建久4年(1193)富士の巻狩りの折、源頼朝が畠山・和田両氏などと参拝し、北条時政は本社改築の寄付をしたと伝わる。(08:44)


観音堂
富士市鵜無ヶ渕402。本尊:聖観音。寛永18年(1641)8月に日照山長遠寺(三ツ沢)を開いた日恩が、吉永北部の布教拠点にした堂宇と伝わる。祭典は7月18日、約300年の伝統を誇る神楽を奉納。堂宇は昭和45年再建、境内に馬頭観音や題目塔、善光寺がある。(09:31)


神明宮
富士市鵜無ヶ渕字宮後295。主神:天照大御神、旧社格:村社。日本武尊が東征の折、境内のクスノキに太刀をかけて休んだ。また、富士の牧狩りの折、北条時政が社殿改築したと伝わる古社。相殿に浅間・八幡・愛鷹・天神・第六天・石神を祀り、以前は七社神社と称した。(09:42)


今宮浅間神社
富士市今宮字西村387。主祭神:木花之佐久夜毘買命、旧社格:村社。富士山の溶岩流跡に鎮座する浅間神社。今宮・神戸・一色の産土神で、下方五社の1社。かつては神宮寺を備え、摂社40社を管掌、服織庄(静岡市)にも神領を有したが、武田信玄の兵火に罹り衰微。(10:10)


浅間神社
富士宮市杉田456。主祭神:木花之佐久夜比賣命、旧社格:村社。杉田地区の産土神で、旧称は「五大王子」「五体王子浅間宮」など。創立年月は詳らかでないが、戦国時代の杉田は浅間大社領であり、かつては当社例祭に大社神官が出張、祭典を執り行っていたという。(10:42)


般若山安養寺
富士宮市杉田489。本尊:阿弥陀如来。俗称「狸寺」。寺伝によると延歴3年(784)に開創、元享元年(1321)に臨済宗となり、元享元年(1321)に今川義元が曹洞宗へ改めた。戦国期、地頭富士図書助(浅間大社案主富士氏)が畑・山林・屋敷を寄進、江戸期は朱印高7石。(10:56)


子安神社
富士宮市杉田。主神:子安霊神。創祀は文政6年(1823)10月13日、地頭秋山安房守より子安霊神の神号を授かった。安産守護および子育てに霊験あらたかな神社として知られ、社殿内には各地の女講中が奉納した絵馬が多数掲げられている。平成13年、社殿再建。(11:09)

富士山代立寺

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名称代立寺だいりゅうじ [山号:富士山ふじさん
所在静岡県富士宮市小泉1917-1
宗派日蓮宗本尊曼荼羅
創建寛永6年(1629)4月開基清金兵衛
開山山城阿闍梨日堯上人本寺西山本門寺
寺紋十曜、鶴の丸備考スイリュウヒバ(市保存樹)
交通JR源道寺駅より徒歩10分 駐車場有

飯綱神社(江尾)

記事本文へ
名称飯綱神社いいづなじんじゃ
所在静岡県富士市江尾字久保上712
主神宇迦之御魂神
配神素盞鳴尊 瓊瓊杵尊 大己貴命 大山津見命 疱瘡神 菅原道真
創建不詳例祭10月17日
社地255坪神紋十六菊
社格旧村社備考市保存樹林
神徳五穀豊穣、病気平癒ほか
交通岳南鉄道江尾駅より徒歩5分 駐車場無

岩本を歩く

秋分の日。
朝一、代信寺へ墓参りに行き、
そのまま富士市岩本を散策。

東から西へ社寺をめぐり、
実相寺からハイキングコースで岩本山公園へ。
琴平神社、永源寺、山神社は初参拝でした。
(永源寺は本堂再建中)

なお、岩本山は写真を撮り忘れ。
掲載写真は8月30日に富士川町木島で撮影。

↓は代信寺のわんこと、岩本山公園のねこ。


滝戸山代信寺
富士宮市山本1236。本尊:大曼荼羅。岩本山南東麓、山本と岩本の境にある日蓮宗寺院。『大宮町誌』は慶安元年(1648)に西山本門寺17世日隆が、『日蓮宗寺院大鑑』『山本区誌』は寛文11年(1671)に日義が開基と所載。山本勘助の父母木像と祖父の牌子を所蔵。(07:19)


八幡宮
富士市岩本字中州341。主神:応神天皇、旧社格:無格社。潤井川と富士早川のあいだに鎮座、通称は滝戸八幡宮。応仁2年(1468)、凶兆とされていた彗星の出現に驚いた人々が、安全を祈って創祀したと伝わる。境内社の山神社は承応3年、稲荷神社は正徳3年銘。(07:39)


旭町おしゃもっさん
県道鷹岡柚木線(176号)沿いに、鳥居と小さな木造社殿があり、なかに「社宮地之大神」の札を納めた石祠と奉納されたしゃもじ。『岩松の歴史散歩』によると、むかしから多くのしゃもじが納められ、歯が痛んだとき、そのしゃもじでさすると、傷みが治まると俗信された。(08:05)


琴平神社
富士市岩本1969。主神:大物主命・崇徳天皇、旧社格:無格社。岩本の街並みを見下ろす高台に鎮座。雁堤築造前の富士川は、現在よりも東方を流れ、社前の急坂を下ったところに船着場があったという。当社は、舟運関係の人々が安全祈願に勧請したと推測されている。(08:17)


曹洞山永源寺
富士市岩本1941。宗派:曹洞宗、本尊:釈迦如来。岩本山南麓にある。伝承によれば、空海が諸国巡歴のおり、真言道場・白金山永見寺として開創。永正8年(1511)、青見先照寺(富士宮市)5世寿天宗聖が再興して曹洞宗へ改宗、山寺号を改めた。江戸期は朱印高7石。(08:40)→掲載


八面神社
富士市岩本字辻畑2034。主祭神:八面大荒神(火産霊神・奥津比古神・奥津比売神)、旧社格:村社。大永6年(1526)、永源寺が現地に堂宇を建立したさい、地主神だった当社を鎮守として再建、後に遷宮。江戸期の呼称は「八面荒神社」、神仏判然令で永源寺と分離。(08:48)→掲載


山神社
富士市岩本字上伊奈1794。主祭神:大山祇神、旧社格:無格社。岩本山実相寺西側の坂道を150mほど上がったところに鎮座。実相寺と関係が深かったようで、元禄9年(1694)の棟札に知足院日進と記され、正徳元年(1711)銘の旧社殿は真乗院日清による建立。(09:30)


岩本山実相寺
富士市岩本1847。本尊:十界曼荼羅。岩本山のふもとにある日蓮宗霊跡本山。久安年間(1145~50)鳥羽法皇の勅願により、比叡山横川の智印が天台宗寺院として開創。正嘉2年(1258)に日蓮入山、経蔵で一切経を学び、『立正安国論』を起草。のち日蓮宗へ改宗。(09:49)→掲載


愛宕神社
富士市岩本字表山1899。主祭神:火産霊神、旧社格:無格社。岩本山公園の駐車場から実相寺方面へ徒歩2分。『富士郡神社銘鑑』などが紹介する古老の口碑によると、「文亀元年(1501)夏大霰降リシ時ニ此神ヲ祭ル」。御神像は白馬にまたがった明王風のすがた。(10:21)→掲載


岩本山
富士市南西部、東西に長いなだらかな山容を見せる(標高192m)。山林のほか茶畑・蜜柑畑が広がり、山頂付近に岩本山公園がある。昭和4年の『岩松村地史』には「農耕地、及び植林に適す」とあり、主な栽培物は「麦、陸稲、野菜類、茶園、柑橘、その他果物」と所載。(8/30木島)


岩本山公園
岩本山(標高192.7m)の山頂近くに13.20haの広さをもつ。昭和39年に都市計画決定以降、富士市が風致公園として整備を進めてきた。富士山や愛鷹連山、富士市街地を一望できる景観や、ウメ・サクラ・アジサイ・ツツジなどの観賞スポットとして広く知られている。(10:23)


松岡山永光寺
富士市松岡2409。本尊:観世音菩薩。松岡と岩本の境にある。もと真言宗寺院で四ツ家にあったが、明応年間(1492~1500)に洪水で流失。文亀2年(1502)に再興して曹洞宗へ改め、元禄7年(1694)に移転。明治初期、岩松小学校前身「巌松舎」が設立された。(11:04)

今泉・宇東川を歩く

午前中、富士市今泉~宇東川を散策し、
道すがら社寺6所をお参り。
薬師堂は初参詣です。

そのまま原田まで足を伸ばそうと考えましたが、
天気が崩れたのでやむなく断念。

なお、天満宮および御守殿稲荷神社では、
地域の方々がなにやら作業中でした。
よって、写真を1枚とり、素通りするていど。

↓は神明神社で出会ったねこ。
う~ん、にらまれている。


天満宮
富士市今泉字吹上963。主神:菅原道真、旧社格:村社。御守殿稲荷神社と並んで鎮座。口伝によると、富士川の合戦のおり源頼朝が社殿建立。江戸末期の地誌では「天神社 除地2石2斗」。明治13年に社殿・書類焼失、翌年再建。氏子は昭和初期59戸、平成期450戸。(08:33)


御守殿稲荷神社
富士市今泉字瀬古906。主神:宇迦之御魂神、旧社格:村社。伝承曰く、富士川の合戦のおり、当社に本陣をおいた源頼朝が、神恩に報いるため社殿造営したことから御守殿と名付けられた。『今泉村誌』は、徳川家康が建てた御茶屋御殿の鎮守として勧請されたと所載。(08:36)


神明神社
富士市今泉字市場1097。主祭神:天照大神、旧社格:村社。根方街道の北70mに鎮座する市場地区の氏神。社伝によれば、創祀は文明年間(1469~1488)。慶長年間(1596~1614)、徳川家康が御茶屋御殿を建てたとき、周辺4社とともに除地が下賜されたという。(08:43)


瑞龍山法雲寺
富士市今泉5丁目6-48。宗派:臨済宗妙心寺派、本尊:釈迦如来。文和2年(1353)、鎌倉建長寺の僧用堂が開創。永享4年(1432)に今川範政から11石1斗・諸役免除の寄進を受け、江戸期も同様に認められた。明治期、三将会盟で知られる善得寺を吸収合併。(09:02)


富栄山専修院清岩寺
富士市宇東川西町8-18。本尊:阿弥陀如来。呼子坂を上がったところにある浄土宗の寺。縁起は資料によって差異あるが、伝承曰く、北条時政が富士川沿岸に建立、のちに洪水で流失。天正8年(1580)、中村彦次郎吉久が当地に1寺を建立、正誉意順を開山とした。(09:20)


呼子坂
富士市宇東川西町。富栄山清岩寺の東100m、山門前を東西にとおる急坂を下ったところに石碑と案内板がたつ。伝承によると、富士川の合戦のおり、源氏方の諸将が付近の高台に陣取り、ここで呼子笛をふいて兵を集めたことから、「呼子坂」と名付けられた。(09:35)


薬師堂
富士市宇東川西町。呼子坂の東方約50mを北へ行くと、斜面に小堂がある。もとは北滝川町にある大富山永明寺管掌で、江戸末期の地誌『駿河国新風土記』に「薬師堂 薬王寺 永明寺控」、同じく『駿河志料』に「薬師堂 薬王寺と云」と所載。堂内に厨子と十二神将。(09:37)

中野を歩く

彼岸入りの20日、富士市中野を散策。

茶畑ひろがる長閑な景観を楽しみつつ、
富士総合運動公園から古野八幡宮まで往復約4km。
中野山園林寺と稲荷神社は初参詣でした。

↓古野八幡宮で。


山神社
富士市中野字三片倉774。主祭神:大山祇神、旧社格:無格社。富士総合運動公園の競技場や球場の北を東西に通る道の向こう、鬱蒼と茂る雑木林のなかに鎮座。昭和初期の『富士郡神社銘鑑』によれば創建年月不詳、例祭(陰暦)正月17日。社殿は平成6年再建。(08:20)


天神社
富士市中野字東片倉806。主祭神:菅原道真朝臣、旧社格:無格社。富士総合運動公園北300mの路地に鎮座。創立年月は不詳なれど、寛永5年(1628)9月25日に穴ヶ原地区へ分社されている。明治34年、近隣の第六天神社・山神社・水神社・愛鷹神社を合祀した。(08:28)


帳ヶ塚
天明の大飢饉のおり、周辺4村の百姓は領主・東泉院に年貢軽減を願い出たが認められず、落合村の新右衛門を代表に幕府へ直訴。甲斐あって年貢は軽減、しかし、新右衛門は直訴の罪で死罪となる。村人は供養塔を建て、その下に嘆願書の下書きなどを埋めて祀った。(08:52)


中野山園林寺
富士市中野77。本尊:一塔両尊四士。県道72号の東300m、伝法沢川右岸にある日蓮宗の寺。天正元年(1573)12月1日、法仙院日泉が開創したと伝わる。延宝3年(1675)正月、文政元年(1818)、安政元年(1854)に火・震災で堂宇を失うが、そのつど再建された。(09:09)


八幡宮
富士市中野字古野5。主神:応神天皇、配神:宇迦之御魂神・菅原道真、旧社格:無格社。義左衛門の屋敷神・稲荷神社に八幡宮を併せ祀り、中野村の産土神にしたと伝わる。菅原道真は弘化4年(1874)に末社として祀り、のちに本社へ合祀。宝暦4年銘の水盤・灯籠あり。(09:20)


稲荷神社
富士市中野字東落合942。主祭神:宇迦之御魂神、旧社格:無格社。伝法沢川左岸の傾斜地にある。創立年月不詳。寛保元年(1741)の『駿河国富士郡中野村古畑新畑地改帳』に「長7間 横4間 稲荷社 村持」と記載されているという。例祭は10月17日のお日待ち。(10:02)


八幡宮
富士市中野字西古野242。主祭神:応神天皇、旧社格:無格社。伝法沢川右岸の住宅地にある。創立年月不詳。寛保元年(1741)3月の『駿河国富士郡中野村古畑新畑地改帳』に「長8間 横5間 八幡社 村持」と所載。境内に三角錐の山之神。例祭は10月16日。(10:31)

不死山 岳松寺

岳松寺
岳松寺本堂
名 称
岳松寺[がくしょうじ] (山号:不死山)
所 在
静岡県富士宮市光町11-25 (二ノ宮2995)
宗 派
曹洞宗
創 建
伝:永禄2年(1559)
本 寺
開 基
不詳
開 山
能室南芸和尚
本 尊
地蔵菩薩
備 考

五軒屋 稲荷神社

鳥居
境内風景及び鳥居扁額
名 称
稲荷神社[いなりじんじゃ]
所 在
静岡県富士市中丸字浜地861
主 神
宇迦之御魂神
配 神
倉稲魂姫命 高龗大神 大山祇大神
創 建
不詳
例 祭
3月初午 お日待ち
敷 地
112坪
神 紋
宝珠(社殿)
社 格
旧無格社
境 内
112坪
路 傍
道祖神
神 徳
五穀豊穣、家内安全など

上井出を歩く

社寺6所お参り。
天神社・芝山浅間神社は初参拝です。

曇り空で涼しかったこの日。
絶好のおさんぽ日和?ということで、
白糸周辺をあっちに行ったり、
こっちに行ったりと適当に散策。


鬢撫水
白糸の滝の上流左岸にある岩窟に湧出している。建久4年(1193)富士の巻き狩りのおり、源頼朝が立ち寄って水面に顔をうつし、鬢髪をなでて整えたと伝わる。のちに富士講の開祖・角行が人穴で修行のおり、日に6度ここに通って禊したことから、富士講の霊場となった。(08:50)


白糸の滝
芝川の分流にある国名勝及び国天然。新富士熔岩流(透水性)と古富士泥流(不透水性)の境を、富士山の雪解け水が伏流水となって流れて湧出している。高さ約20m、幅約210mの馬蹄型岸壁から、数千条もの水の筋が絹糸のように流れ落ちる美しいさまが名称由来。(08:59)→掲載


熊野神社
富士宮市上井出278。主神:熊野神、配神:瀬織津姫命、旧社格:村社。一説に『惣国風土記』の「御守神社所祭瀬織津比也」に該当、もとは瀬織津姫命を白糸の滝の「滝神」として祀っていたが、いつしか熊野神が主神となり、瀬織津姫命は相殿に祀られたとされる。(09:12)


音止の滝
白糸の滝の東方、芝川本流にある男性的な力強さを備えた滝(高さ約25m、幅約5m)。名称由来は、曾我兄弟が父の仇を討つさい、近くの「隠れ岩」で密談した。しかし、滝の音が妨げとなったため、兄・五郎が嘆いて「心なしの滝」と呟いたところ、音がピタリと止んだという。(09:27)


曽我の隠れ岩
音止の滝の東方150m、県道414号南の田地にある大きな岩。建久4年(1193)富士の巻き狩りのおり、曽我十郎祐成・五郎時致兄弟はこの岩に隠れ、父・河津三郎祐泰の仇・工藤祐経を討つ密談をしたと伝わる。東方約100mには兄弟に討たれた工藤祐経の墓がある。(09:36)


工藤祐経の墓
曽我の隠れ岩の東方約100mで北面している。建久4年(1193)富士の巻き狩りのおり、工藤祐経が陣屋を置いた場所とされ、5月28日、工藤祐経は攻め入った曽我十郎祐成・五郎時致兄弟によって討たれたと伝わる。祠のなかに「工藤左衛門尉祐經塚」と刻まれた墓石。(09:42)


天神社
富士宮市上井出字笹原830。主祭神:菅原道真、旧社格:無格社。天神山のふもとに鎮座。明治4年1月、上井出地区の山神社2社・琴平神社を合祀している。境内に富士山を模した日本一高いといわれる土俵があり、例祭日には子供たちによって奉納相撲が行われる。(09:52)


稲荷神社
富士宮市上井出393。主神:宇迦之御魂神(速須佐之男命、神大市御売命)、旧社格:無格社。通称「上井出の氏神様」。元文3年銘の石鉢があることから、それ以前の成立か。以前は稲荷社・山神社を祀っていたが、いつしか熊野神社を勧請、鳥居扁額は熊野神社。(10:08)


法泉山光立寺
富士宮市上井出751。本尊:一塔両尊。稲荷神社と並ぶように建つ日蓮宗寺院。寛文元年(1661)7月、日春が東南約500mの大沢川沿いに建立。天和3年(1683)大沢川の氾濫で流失、2年後に再建するが、再度の流失を避けるため、正徳3年(1713)に現地へ移転。(10:20)


十一面観世音菩薩
白糸(県道414号)と人穴の分岐点に大松(保存樹)があり、樹下に十一面観音を安置した観音堂がある。伝承によると、むかし石川某が十里木より背負って運び、銅渕に安置。くだって明治19年8月、路傍で忘れ去られていた観音像を、市川氏が現在地に安置したという。(10:28)


芝山浅間神社
富士宮市上井出芝山。主神:木花佐久夜毘賣命。昭和17年、上井出に陸軍少年戦車兵学校が開校し、人穴地区が演習地となった。そのため、人穴集落は強制移転となり、多くの人々は芝山地区に移住。そのとき、村社の浅間神社も遷された。近年、社殿・鳥居を新造。(10:57)

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