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富士山東泉院

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富士山東泉院(寺号/興法寺)は、富士市今泉上和田にあった古義真言宗の寺。今川・豊臣・徳川各氏ら権勢者の庇護をうけて隆盛したが、明治初期の神仏分離で廃された。

  1. 富士山東泉院の歴史
  2. 江戸期の東泉院境内
  3. リンク
富士山東泉院の歴史
東泉院と下方五社

富士郡下方庄(現・富士市)に、下方五社と総称される5つの有力神社がある。東泉院は代々、その5社の総別当をつとめ、点在した神領や社殿の維持管理、祭祀権を握った。神社の管理者として、また領主として、地域に大きな影響力を持っていた。

下方五社
富知六所浅間神社 富士市浅間本町5-1
瀧川神社 富士市原田字滝川1309
今宮浅間神社 富士市今宮字西村387
日吉浅間神社 富士市今泉上和田1436
入山瀬浅間神社 富士市入山瀬字久保上344
今川氏のあつい庇護

中世後期から古義真言宗に属したものの、草創当時は村山系の本山派修験だったと考えられ、一説には村山興法寺とひとつだったといわれる。実際、今川時代は村山三坊のひとつ大鏡坊の縁者が院主をつとめるなど、村山と深い繋がりがあった。

史料上の初見は、16世紀初頭の今川氏親判物。内容は日吉宮造営への尽力をたたえたもので、宛名は東泉坊だった。このころには下方五社と関わりを持っていたことがうかがえる。

さらに天文16年(1547)、今川義元は東泉院大納言の忠節※をたたえ、「先師東泉院長恵の由緒」によって五社別当職と1社宛修理分の米75石・銭58貫文を3年にわたって寄進している。

(※北条氏が富士川以東に乱入したさい、大納言は重要人物として連れ去られたが、計略をもって逃れ義元のもとへ参じた)

今川氏真も数多くの判物を寄せた。永禄元年(1558)、領内の金剛寺支配を安堵。同4年、富知六所浅間神社境内を水源とする御手洗川(和田川)において、和田橋を境に支配権を認め、諸人の乱入を禁じた。同5年には和田寺観音堂八幡宮を東泉院に安堵、同9年にも神領内諸役を免除している。

そのほか、下方五社の社殿修造を終えるまで河東における勧進活動の独占権も与えるなど、東泉院・下方五社を篤く庇護した。

中世の下方五社・東泉院

16世紀中ごろの東泉院および下方五社の知行高は、米方360俵、代方58貫文。下方五社に社人を5人ずつ配属し、東泉院には院主や学頭僧、宮僧5人がつとめていた。

武田氏による冷遇

永禄11年(1568)、武田信玄と徳川家康が、今川氏領国の駿河・遠江両国に侵攻した。このとき東泉院雪山は、今川氏真の使者として上杉謙信を訪ねている。今川氏の信任ぶりがうかがえる。しかし雪山の奔走は報われず、結局2国は武田・徳川両氏に奪われ、今川氏は退転。東泉院は大きな後ろ盾を失った。

駿河国を手にした武田信玄は、最後まで今川氏に忠節をつくした雪山を排斥し、やはり今川氏縁故だった村山から東泉院を引き離した。さらに永禄13年(1569)、富知六所浅間神社の別当職を東泉院から久能寺(静岡市)に移し、元亀3年(1572)には東泉院そのものを久能寺の末寺とした。

以降、東泉院には久能寺の僧が住し、村山との繋がりは薄れた(江戸期の正保3年以降は、醍醐寺報恩院末に)。

豊臣~徳川政権下

天正18年(1590)、豊臣秀吉から下方五社別当領として朱印領190石を認可された。この朱印領は、徳川政権下でも同様に認められた。富士郡下では富士山本宮浅間大社1,129石余、村山三坊216石余(※3坊合計)に次ぐ規模である。慶長9年(1604)の代官井出志摩守の手形によると、朱印地のうちわけは、

中野 96石1斗2合
一色 14石7斗8升7合
神戸 18石7斗7升
今宮 18石4升3合
伝法の内 30石
善徳寺の内
※善徳寺=現在の今泉
14石4斗6升

うち富知六所浅間神社に23石3斗、瀧川神社12石、今宮浅間神社18石4斗1升、日吉浅間神社15石9斗、入山瀬浅間神社にも若干、配分された。

なお、これらは表高である。内高は新田開発を推進した結果、享保14年(1729)に600石、寛保年中(1741~44)の調査では朱印地そのほか含め808石・別当領66石へ著増している。

廃仏毀釈で廃寺に

明治初年、政府は国家神道政策を進めるため、神仏判然令を発した。これにより神と仏は明確に隔てられ、神仏が習合していた社寺はそのいずれかに属するよう選択を迫られた。むろん、僧が神社を管掌する別当職なども廃止となった。東泉院住職は復飾、六所氏を名のり神官となった。

東泉院や下方五社が安置していた仏像・仏具は、醍醐寺報恩院が引き取り、中門は平等寺(富士宮市)、慶長門は遊行寺(神奈川県藤沢市)、建物は稲中舎(市内)と伊勢山皇大神宮(神奈川県横浜市)に売却された。

下方五社は神道に復し、富知六所浅間神社・瀧川神社は郷社、今宮浅間神社・日吉浅間神社・入山瀬浅間神社は村社に列格。いま、東泉院の旧境内地は日吉浅間神社の神域となっている。

江戸期の東泉院境内

江戸期の境内絵図がいくつか残されている。うち、寛政2年(1790)の絵図から、当時のようすをさぐってみる。

寺域入口は東にあり、表門(慶長門)が東向きで建っていた。門は明治期に除かれたが、人の背丈ほどの石垣が残されている。その堅牢さから察するに、門も大きかったに違いない。

そこから参道が西へのび、ほどなく中門にいたる。中門は平等寺(富士宮市東町)に移築され、現存している。その右手には地蔵堂(現・子安地蔵尊)と子院の泉光院があった。

表門跡
表門跡
平等寺
平等寺に移築された東泉院中門
地蔵堂
地蔵堂(現子安地蔵尊

中門を入ると、今度は神事門。門をぬけて右へ折れると、奥に護摩堂と聖天堂が南向きで建っていた。いま、日吉浅間神社社殿が建つあたりだろう。その右手(地蔵堂や泉光院の裏手)には、鎮守の八幡社がみえる。いまは日吉浅間神社に合祀されている。

なお日吉浅間神社は当時、東泉院の西側(現・吉原公園)に鎮座しており、東泉院が廃されたのち現在地へ遷座した。

日吉浅間神社

神事門まで戻ってふたたび西へゆくと、右手に客殿や台所といった大きな建物があった。院主の住まいだろう。いまは六所家旧邸宅となっている。そばには隠居所もあった。

幕末の文久2年(1862)には、本堂普請とともに東照宮が建てられている。これは、東泉院が翌年の将軍家茂上洛の宿泊所に選ばれたことから急遽、境内整備を行ない、徳川家康を祀る東照宮を建てたようだ。東照宮は現在、行方知れずである。

六所家旧邸宅
六所家旧邸宅
参考文献 駿河記、駿河志料、浅間神社の歴史、富士市の神社、行人塚、富士市立博物館「六所家総合調査速報展」、六所家総合調査だより、富士山縁起の世界、下方五社各社頁での参考文献
(フォト最終撮影日:各社寺頁と同じ)
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