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日吉浅間神社

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名称日吉浅間神社ひよしせんげんじんじゃ
所在静岡県富士市今泉字上和田1436
主神木花咲耶姫命 大山咋神
配神八幡大神 天児屋根神 経津主神 武御雷神 姫大神 天照皇大神
例祭流鏑馬祭:5月4日 秋季大祭:10月14日
創建伝:崇神天皇5年(前93)社地2,287坪
神紋丸に棕櫚の葉社格旧村社
神徳安産・子宝・火難除け・五穀豊穣・産業繁栄ほか
交通岳南鉄道吉原本町駅より徒歩8分 駐車場有
  1. 由緒
  2. 境内概要
  3. 写真
  4. 合祀社・境内社・境外社
  5. 祭礼
  6. 関連リンク・参考文献

東泉院ゆかり、通称トウセンゲン

富士郡下方(現富士市)に点在している有力神社「下方五社」のひとつ。別当東泉院管理のもと今川、徳川氏などの崇敬をあつめ、明治初期に東泉院が廃されたのちは、その跡地に遷座した。地元では「東泉院」と「浅間」を交ぜて、俗称「とうせんげん」。

棕櫚の葉
  1. 沿革
  2. 祭神および本地仏
沿革

創祀は古く、崇神天皇5年(紀元前93)と伝えられる。富士郡久爾郷に神祠が造営され、後世、吉原公園の地へ遷座した。創祀の地は、伝法・久爾窪に隣接する「日吉」という字だと考えられている。

また別当だった富士山東泉院の『東泉院御由緒書』によれば、大同元年(806)に社殿が営まれ、平城天皇から唐本大般若経や行基作の本地仏が寄進されたという。

中世

中世になると、「下方五社」「五社浅間」などの名称で多くの史料に現れる。下方五社は、富士郡下方(現富士市)に点在している有力神社5社の古い総称である。富士山東泉院が5社の総別当職を世襲し、神領や社殿の維持管理、祭祀権を握っていた。

下方五社は駿河国主今川氏からあつく崇敬された。古い記録をみると、今川氏親が16世紀前半、「日吉宮」の再建に尽くした東泉坊(東泉院)をわざわざ称えている。さらに今川義元は社殿修理分として米・銭を寄進し、今川氏真も富士川以東における勧進活動の独占権などを与え、下方五社・東泉院を庇護した。

中世の下方五社・東泉院

16世紀中ごろの東泉院および下方五社の知行高は、米方360俵、代方58貫文。下方五社に社人を5人ずつ配属し、東泉院には院主や学頭僧、宮僧5人がつとめていた。

江戸期

江戸期も引きつづき東泉院管理のもと権勢者からあつく遇され、東泉院には神領190石が安堵された。また徳川家康は元和元年(1601)12月、善徳寺村(今泉村)を訪れた際に日吉浅間神社・八幡宮(日吉浅間神社へ合祀)の両社に奉幣したといい、幕末には東泉院が将軍家茂上洛の宿泊所に選ばれている。

棟札によれば、宝暦7年(1757)10月に社殿を再建している。社名は「日吉浅間宮」、施主は「富士五社惣別當東泉院 法印光盛」だった。なお、江戸期の東泉院絵図をみると、日吉浅間神社は現・吉原公園の地に鎮座している。その東隣にあたる現在の境内地一帯には、東泉院やその子院が建っていた。

吉原公園
吉原公園
明治期以降

明治初期、政府は神仏判然令を発した。これを受けて東泉院住職は復飾して六所氏を名のり、神官となった。下方五社は仏教色を取り除いて神道へ復し、日吉浅間神社は明治8年(1875)2月、六所氏によって現在地右隣に遷された。この時の社殿は、東泉院の旧護摩堂を用いたという。

同39年9月の『神饌幣帛供進関係綴』によれば、境内364坪、雨覆兼拝殿3間3尺×5間、本社5尺2寸×2尺5寸の規模で、氏子は74戸。ほか、宅地・畑・山林など約7反の土地を有していた。祠掌は大森玄海氏(飯綱神社神主)に移っている。

下って大正8年4月に石鳥居、昭和9年に手水舎および水盤、石灯籠が奉献され、同32年に現在地へ遷座した。

祭神および本地仏
「五社記」から考察

中世後期以前の内容と考えられている『富士山大縁起』の「五社記」には、

一  日吉宮 卯日 八幡 金色幡 朝日
二  新宮 辰日 愛鷹 赫夜妃誕生之処
三  今宮 巳日 犬飼神
四  六所宮 午日 浅間 惣社
五  新福地宮 申日
同  大宮 申日 (※備考:金剛界 千手観音)
   山宮 未日 (※備考:不動尊)

とある。これは、4月・11月の神事順を示している。日吉=日吉浅間神社、新宮=瀧川神社、今宮=今宮浅間神社、六所宮=富士六所浅間神社、新福地宮=入山瀬浅間神社を指し、大宮は富士山本宮浅間大社、山宮は山宮浅間神社を指す。日吉から山宮まで、繋がりある神事として行なわれていたようだ。

続いて、次のように列記されている。これは下方五社の本地仏を示している。

日吉本地 浅間宮 八幡宮
愛鷹宮
阿弥陀 観音 勢至
新宮本地 初名新山今名
愛鷹山新宮
毘沙門 千手 薬師
今宮本地 初名今山今名愛鷹山今宮
(※『富士山大縁起抜書』)
不動 薬師
六所本地 惣宮 金剛界大日
新福地本地 福地宮
浅間宮
薬師

日吉浅間神社は現在、社名が示すように日吉神(=大山咋神)と浅間神(=木花咲耶姫命)を祀っている。ところが「五社記」によれば、浅間宮と八幡宮・愛鷹宮をまつり、その本地仏は阿弥陀・観音・勢至だったようだ。

また江戸後期の地誌『駿河記』は「傳云。上昔金色の幡朝日に出現するを以て祀る處なりと、愛鷹明神を配祀す」と載せ、五社記の記述「八幡 金色幡 朝日」をくわしく解説している。

これらをかんがみれば、社号の「日吉」は日吉神(=大山咋神)ではなく、本来は「金色幡 朝日」を指していたのだろう。それがいつのころか(おそらくは廃仏毀釈のさい)日吉=日吉神と結びつけられ、祭神に大山咋神を当てたのではないだろうか。

寺院色の濃いたたずまい

今泉と吉原の境を流れる和田川の左岸、吉原の街を見下ろす高台にある。県道24号に所在を示す看板があり、それにしたがい住宅地の隘路へ入っていくと、人の背丈ほどある石垣がみえてくる。東泉院の表門(慶長門)跡だ。昔はここから東泉院の境域だった。

表門跡から西へゆくと子安地蔵尊がある。東泉院の元子院で、子育てや安産に霊験あらたかと崇敬あつい。その西隣が日吉浅間神社の神域で、さらに奥は六所家旧邸宅となっている。昔は日吉浅間神社のところに東泉院の護摩堂や聖天堂が建っていた。

参道
表参道

こぢんまりとした神域は、クスや桜の大木にほどよく彩られ、まことに楚々としたたたずまい。鳥居をくぐり、素朴な神門をぬけると、瓦葺きの社殿と向き合う。神門は四脚門、拝殿は寄棟造り。寺跡、しかも神仏習合の神社だったためか、寺院色の濃いたたずまいだ。

神門
神門
手水舎
手水舎
修験
拝殿で参拝する山伏。修験道との関わりも深い

拝殿の向拝を、さまざまな彫刻が飾っている。蟇股に竜と人物、木鼻に獅子頭、頭貫と持送りに牡丹と千鳥、手挟には鳳凰と麒麟。ことに蟇股は見ごたえがある。竜に乗って琴をひく天女(あるいは弁天?)が、透かし彫りで生き生きと表現されている。

彫刻
向拝彫刻
境内風景
参道
東泉院表門(慶長門)跡
参道
参道
神門
神門
境内風景
境内風景
拝殿
拝殿
蟇股
蟇股の彫刻
手挟
手挟に麒麟
持送り
持送りの牡丹
神門と拝殿
神門と拝殿
本殿
本殿

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+合祀社

八幡宮

もとは独立した社だったが、いまは日吉浅間神社に合祀されている。貞観元年(869)勧請の古社と伝えられ、地主神として長らく崇敬されてきた。明治期、日吉浅間神社が遷座した際に境内社となり、やがて合祀された。

伏見稲荷神社/境内社

氏子会館の北東、小路沿いに鎮座している。祭神は宇迦之御魂神。創祀年代は詳らかでない。もとは吉原公園にあって「やぶ稲荷」と称されていたが、昭和50年に遷座した。

伏見稲荷神社
伏見稲荷神社
義盛神社(和田神社)/境外社

和田義盛を祀り、俗称「義盛さん」。和田義盛は源頼朝の御家人。伝承によれば、治承4年(1180)富士川の合戦のおり、付近の警備を命ぜられた義盛は、東泉院付近に本陣をおき、南を流れる川に逆茂木をしかけた。のちに里人は土地の守護神として義盛を祀り、付近一帯を和田、川を和田川と名付けた――と伝えられる。

所在地/字上和田1379番地。主祭神/和田義盛、配神/大山津見命、建速須佐之男命。旧社格/無格社。

義盛神社

主要祭礼は、流鏑馬祭(春季大祭)と、秋季大祭。

流鏑馬祭は5月4日。その名の示すように、かつては流鏑馬を奉納した神事だったものの、昭和30年代に廃絶。現在は神門前広場で弓道大会が奉納されている。

秋季大祭は10月14日。お日待ちを兼ねたもので、五穀豊穣、町内・家内安全を祈願する。

春季大祭
参考文献 由緒掲示板、駿河記、駿河志料、皇國地誌、神饌幣帛供進関係綴、今泉村誌、浅間神社の歴史、富士郡神社銘鑑、富士市の神社、富士市のまつり、東泉院頁での参考文献
(フォト最終撮影日:平成23年8月21日)
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