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福石神社(大鹿窪)

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名称福石神社ふくいしじんじゃ
所在静岡県富士宮市大鹿窪東村438
主神国常立尊(大鹿宮福石大明神) 大日霊尊 木花開耶姫命
創建元暦元年(1184)例祭10月16日
敷地435坪神紋丸に棕櫚の葉
社格旧村社摂末八坂神社 天神社
備考浅間大社の元末社、町の古木(サクラ、ヤマモミジ)
神徳安産・子宝・火難除けほか
交通JR芝川駅より北へ5km 駐車可能
  1. 由緒
  2. 境内概要
  3. 写真
  4. 境内社
  5. 関連リンク・参考文献

大鹿窪の産土神

丸に棕櫚の葉

山あいの地、大鹿窪に鎮座している古社。「大鹿宮」「福石明神」とも称した。祭神は国常立尊(大鹿宮福石大明神)、大日霊尊、木花開耶姫命。かつては浅間大社の摂社(維新後は末社)に列していたが、近代になり事実上独立している。

浅間大社の元摂末社

浅間大社の記録は「元暦元年(1184)勧請」と伝える。社伝もまた「元暦元年(1184)後鳥羽上皇より国常立尊像を賜わり、大鹿宮福石大明神と号し、甘葛太夫源義経が社殿を建立した」としている。

その後、江戸期に至るまでの変遷は詳らかでない。

はるか下って、寛政2年(1790)11月に寺社奉行へ提出された『本宮及末社間數坪數書』は、「大鹿村福石神社 1間2間 社地1,232坪」と載せる。さらに江戸後期の地誌『駿河記』『駿河志料』などは「福石明神社 大宮浅間摂社」と所載。

明治初年の神仏分離により、社名を「福石明神」から「福石神社」へ改称。明治中期の『皇國地誌』は、「福石社 村社 社地東西18間 南北31間3尺 面積365坪 本村ノ西南ニアリ 木花開耶姫命ヲ祭ル 祭日9月9日」と紹介している。

祭神および甘葛太夫

祭神は、国常立尊、大日霊尊、木花開耶姫命の3柱。江戸期の神札は、国常立尊=大鹿宮福石大明神、大日霊尊=天照皇太神、木花開耶姫命=富士浅間大明神と記す。

明治以降の諸史料は「木花開耶姫命1柱」としているが、縁起・神札をかんがみれば、主神は国常立尊に相違ないだろう。

神職は、浅間大社社人の甘葛太夫深沢氏が務めた。

甘葛太夫は、浅間大社五月会(流鏑馬祭)のさい、流鏑馬を催す各社に特殊神饌「甘葛」を奉納するのが主な役目だった。「甘葛」は甘葛から採った甘みのある液で、製法は甘葛太夫秘伝。深沢氏の古記録には「国常立尊御伝来の名酒」とある。

のどかな山里に鎮座

神域一帯はのどかな山里の景色。土塁のように続く緑林が東西を縁どった細長い地に、田が絨毯を敷いた風に広がる。さながら古き良き日本の原風景。その一角に小さな境内がある。桜やモミジ、イチョウの大木が梢をのばし、季節ごと異なる彩りを見せている。

遠景
遠景
景色
神域一帯の景色

社頭に真っ赤な鳥居がたつ。富士地区では珍しい両部鳥居だ。くぐると、いくばくかの立木の向こうに社殿が建っている。先ごろ新装され、白壁も、銅板屋根も、まぶしいほどに明るい。向拝に掲げた「大鹿宮」の扁額は、旧社殿のころから使われていたもの。

社殿
平成23年10月16日に落成式を迎えた社殿

内部の本殿は、天保7~15年(1836~44)にかけて造営された。ケヤキ造りだという。外からだと分かりづらいが、資料の写真をみるかぎり唐破風をつけた流造りで、兎の毛通しや蟇股に鳳凰や竜とおぼしき彫刻がみえる。細部まで手の込んだ造りのようだ。

本殿
本殿

神域の真後ろは大鹿窪遺跡。約1万3千年~1万1千年前の遺跡で、14軒の住居跡や2万6千点に及ぶ土器・石器が出土した。縄文草創期の定住化を示す貴重な事例とされ、国指定史跡。いまは埋め戻され、遺構を示す杭が草花にまぎれている。

境内風景
神域遠景
神域遠景
社頭風景
社頭風景
幟台
幟台「大鹿窪氏子中」
両部鳥居
富士地区では珍しい両部鳥居
境内風景
境内風景
境内風景
境内風景
旧社殿
旧社殿(平成21年8月8日)
現在の社殿
現在の社殿(平成23年10月)
ヤマモミジ
ヤマモミジ
灯籠
享保7年11月奉献
拝殿扁額
拝殿扁額
眺望
神域からの眺望
社頭風景
大鹿窪遺跡。右奥に神域

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福石神社の社殿右隣に、石祠が3基ある。明治期に遷座してきた八坂神社や天神社だと思われるが、定かではない。

八坂神社

八坂神社は453番地から遷座した。祭神は素盞鳴命。かつて富士山本宮浅間大社の摂社・末社に名を連ね、江戸期は「牛頭天王社」「祇園社」、維新後は「須賀社」「八坂社」などと称した。

大社記録に元暦元年(1184)勧請とあるほか、寛政2年(1790)『本宮及末社間數坪數書』に「天王石祠 1尺×1尺5寸 社地239坪」と載る。神職は福石神社と同じく深沢氏の兼務だった。

天神社

天神社は明治10年に字天神原から遷座したと伝わっている。祭神は菅原道真。創祀年月は詳らかでない。

石祠
石祠
参考文献 境内掲示板、拝殿内由緒書、駿河記、修訂駿河国新風土記、駿河志料、皇國地誌編輯、淺間神社の歴史、淺間文書纂、富士郡神社銘鑑、富士郡村誌、芝川町誌、かわのり
(フォト最終撮影日:平成23年10月30日)
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