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入山瀬浅間神社

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名称浅間神社せんげんじんじゃ [通称:入山瀬浅間神社いりやませせんげんじんじゃ
所在静岡県富士市入山瀬字久保上344
主神木花之佐久夜毘賣命配神高龗神 金山神
創建不詳例祭10月10日
社地2,134坪神紋棕櫚の葉、桜(幕)
社格旧村社備考社叢(市保存樹林)
神徳神徳氏子安泰・家内安全・厄除開運・交通安全ほか
交通交通JR入山瀬駅より徒歩7分 駐車場有
  1. 由緒
  2. 境内概要
  3. 写真
  4. 関連リンク・参考文献

下方五社の一

"紙のまち富士市"勃興の地、入山瀬に鎮座している浅間神社で、俗に「入山瀬浅間神社」。旧鷹岡町随一の古格な社であり、入山瀬の地名は免税地(神領)を意味した不入斗がなまった、ともいわれる。こんにちは一帯の産土神として親しまれている。

棕櫚の葉
  1. 草創~中世
  2. 江戸期以降
  3. 本地仏
1.草創~中世
草創~鎌倉期

富士郡下方(現富士市)に点在している下方五社の1社にして、『駿河国神名帳』に列する「正三位浅間御子明神」と目される古社。往古は「新福地」と号し、「新福地宮」「新福地浅間社」などと称された。

創祀年代は詳らかでないが、別当だった富士山東泉院の『東泉院御由緒書』によれば、大同元年(806)に下方五社が再建され、このとき大般若経が奉納されたと伝えられる。

下って鎌倉期、日秀の弟子に「熱原新福地神主」の名がみえる。日秀は日蓮宗の僧で、日蓮日興の高弟である。熱原は富士市入山瀬や厚原など一帯に比定され、当時日秀は入山瀬付近にあった天台宗滝泉寺に住して日蓮法華を布教していた。

先に触れたように当社の旧称は「新福地」であるから、「熱原新福地神主」は当社神人に相違ない。神仏習合が普通だった往時、神主―あるいは社僧―が僧の弟子となっても不思議はなく、ひいては日蓮法華がすさまじい勢いで当地に浸透していたことをうかがわせる。

なお当社はかつて、応永2年(1395)銘の鰐口を所蔵していた。ここからも神仏習合の一端を垣間見ることができる。

中世

中世になると、「下方五社」「五社浅間」などの名称で多くの史料に現れる。下方五社は、富士郡下方(現富士市)に点在している有力神社5社の古い総称である。富士山東泉院が5社の総別当職を世襲し、神領や社殿の維持管理、祭祀権を握っていた。

東泉院
富士山東泉院跡(いまは日吉浅間神社が鎮座)

下方五社は駿河国主今川氏からあつく崇敬された。古い記録をみると、今川氏親が16世紀前半、「日吉宮(日吉浅間神社)」の再建に尽くした東泉院をわざわざ称えている。さらに今川義元は5社の社殿修理分として米・銭を寄進し、今川氏真も富士川以東における勧進活動の独占権などを与え、下方五社・東泉院を庇護した。

中世の下方五社・東泉院

16世紀中ごろの東泉院および下方五社の知行高は、米方360俵、代方58貫文。下方五社に社人を5人ずつ配属し、東泉院には院主や学頭僧、宮僧5人がつとめていた。

2.江戸期以降
江戸期

豊臣秀吉は天正18年(1582)12月28日、東泉院に下方五社別当領として190石の朱印地を認めた。この朱印高は徳川政権下も同様に継承されている。富士郡下で3桁の朱印高を有したのは、別当東泉院、富士山本宮浅間大社村山三坊のみであった。

なお、これらは表高であり、内高は新田開発を積極的に推し進めた結果、享保14年(1729)の検地で600石へ著増。寛保年中(1741~44)の調査では、朱印地そのほか含め808石、さらに別当領66石を有していたという。

江戸期

寛文11年(1671)5月の『冨士六所浅間宮年中祭礼之大概』を引くと、このころ入山瀬浅間神社では正月、9月に大きな神事を行っていたらしい。次に列記する。

「正月十四日新宮社而奉射有的小的射手新福知宮之鑰取六所之宮両人而勤之大的射手役六所宮神主今宮之」

「九月十四日新福地宮之祭礼従府中聴守供僧其外社家来役相勤終同社之鑰取出之惣社社家饗有」

正月の奉射祭は、当社神職のほか下方五社の富士六所浅間神社今宮浅間神社の神職が勤仕。さらに9月の例祭には、駿河国総社の静岡浅間神社(静岡市)から神職がはるばる参仕した。かなり大がかりな神事だったようだ。

また4・11月の「大宮神幸」では、駿河国惣社(静岡浅間神社)より国方奉幣使が参向した。この祭礼は一宮(浅間大社)と惣社をむすぶ駿河国の大祭礼であり、奉幣使たちは富知六所浅間神社で神事後、当社でも神事を行い、その後浅間大社で奉幣した。当社が駿河国および富士郡において重要な立場にあったことを示している。

例大祭
明治期以降

明治初期、政府は神仏判然令を発した。これを受けて東泉院住職は復飾、六所氏を名のって神官となり、下方五社の各社は仏教色を取り除いて神道へ復した。当社は社名を「浅間神社」と定め、同8年2月に村社へ列格した。

大正4年に拝殿を改築し、昭和29年に忠霊塔や鳥居を建立。同43年には拝殿・本殿を現在の鉄筋コンクリート製に改めた。

本地仏
東泉院御由緒書

別当東泉院の『東泉院御由緒書』には、おおむね次のように記されている。

「大同元年(806)に5社の社殿を造営したさい、平城天皇から唐本大般若経や行基作の本地仏が寄進され、のち嵯峨天皇から空海作の五大尊不動明王が寄進された。嵯峨天皇のころから年2度の勅使下向が始まり、南北朝のころ一時中断したが、駿河国主の今川範国が勅使代として復活させた。5月の神事では、1~3日にかけて父宮、母宮、六所浅間宮で10騎による流鏑馬を執行する」

唐本大般若経や本地仏、五大尊不動明王は『富士山大縁起』にも記述があるものの、残念ながら散逸している。祭礼に関しては先に触れたように、明治維新まで駿河国惣社(静岡浅間神社)より国方奉幣使が参仕し、奉幣していた。

五社記

中世後期以前の内容と考えられている『富士山大縁起』の「五社記」には、

一  日吉宮 卯日 八幡 金色幡 朝日
二  新宮 辰日 愛鷹 赫夜妃誕生之処
三  今宮 巳日 犬飼神
四  六所宮 午日 浅間 惣社
五  新福地宮 申日
同  大宮 申日 (※備考:金剛界 千手観音)
   山宮 未日 (※備考:不動尊)

とある。これは、4月・11月の神事順を示している。日吉=日吉浅間神社新宮=瀧川神社、今宮=今宮浅間神社、六所宮=富士六所浅間神社、新福地宮=入山瀬浅間神社を指し、大宮は富士山本宮浅間大社、山宮は山宮浅間神社を指す。日吉から山宮まで、繋がりある神事として行なわれていたようだ。

続いて、次のように列記されている。これは下方五社の本地仏を示しており、当社の本地仏は薬師如来とされていたことがわかる。

日吉本地 浅間宮 八幡宮
愛鷹宮
阿弥陀 観音 勢至
新宮本地 初名新山今名
愛鷹山新宮
毘沙門 千手 薬師
今宮本地 初名今山今名愛鷹山今宮
(※『富士山大縁起抜書』)
不動 薬師
六所本地 惣宮 金剛界大日
新福地本地 福地宮
浅間宮
薬師

社殿と忠霊塔がならぶ

JR入山瀬駅から徒歩6~7分。住宅街ただ中の神域は、イチョウやモチノキ、スダジイなどの古木に覆われて落ち着いた雰囲気。それにけっこう広い。一角に弓道的場や土俵、ゲートボール場が設けられ、さらに旧鷹岡町づくりセンターや浅間保育園を併設している。

鳥居をくぐると緩やかな傾斜の参道がのびる。枝葉が空を隠し、昼なお暗い。左手に弓道的場、右手に豊かな水をたたえた神池があり、参道の奥に社殿が鎮まっている。白と朱で塗り分けられた大ぶりな拝殿と本殿。社叢の外観からは思いもしない鮮やかな色彩だ。

鳥居
鳥居
境内
境内風景

現社殿は昭和43年に改築された。拝殿は入母屋造り、本殿覆屋は流れ造りで、いずれも鉄筋コンクリート製。棟札をみると昭和39年に地鎮祭、同43年4月27日に浅間大社で御神鏡入魂式を行い、翌日、御霊渡御・御神鏡神殿奉遷および遷座奉祝大祭を行っている。

拝殿
拝殿

社殿右隣には忠霊塔がたつ。多宝塔風の鉄筋コンクリート製の塔だ。市内唯一の仏塔ではなかろうか。もっとも、中央部が方形で、さらに材ひとつひとつが大きく、正統な多宝塔と比べ優美さは欠く。この塔には、満州事変以降の旧鷹岡町出身戦没者349柱が祀られている。

忠霊塔
忠霊塔
境内風景
社頭
社頭
鳥居
鳥居
境内風景
境内風景
手水舎
手水舎
境内風景
境内風景
拝殿
大木と拝殿
信仰
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本殿覆屋
本殿覆屋
土俵
土俵
弓道的場
弓道的場
忠霊塔参道
忠霊塔参道
池
忠霊塔
社殿と忠霊塔がならぶ
忠霊塔
忠霊塔

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参考文献 境内掲示板、駿河記、駿河志料、富士郡村誌、郡誌編集資料鷹岡村史、富士郡神社銘鑑、淺間神社の歴史、地名用語語源辞典、鷹岡町史、入山瀬西の今昔、富士市の神社、日本歴史地名体系、角川日本地名大辞典、富士山縁起の世界、ふじ まつりとたべもの
(フォト最終撮影日:平成22年10月11日)
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