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雲見浅間神社

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名称浅間神社せんげんじんじゃ [通称:雲見浅間神社くもみせんげんじんじゃ
所在静岡県賀茂郡松崎町雲見字雲見ヶ嶽386-1
祭神磐長姫命
創建不詳例祭7月16日
敷地8,019坪神紋三つ巴
社格式内社(小) 旧郷社神徳豊漁、航海安全ほか
  1. 由緒
  2. 境内概要
  3. 写真
  4. 関連リンク・参考文献

神奈備・烏帽子山に鎮座

三つ巴

松崎町雲見の海岸線にそびえる烏帽子山(御嶽山)に鎮座している古社。雲見浅間、御嶽浅間などと称される。烏帽子山は古くから人々の信仰対象となった神奈備であり、とくに豊漁・航海安全の神としてひろく崇敬されている。

漁業・航海関係者があつく崇敬

鳥帽子山(162m)の頂に鎮座する。『延喜式』神名帳所載の「伊波乃比命神社」の論社であり、『伊豆国神階帳』に列する「従四位上 石戸の明神」と目される。「石戸」は、南の海上にある千貫門を、当社の石門に見立てたことによる(『豆州志稿』)。明治7年村社に列し、同12年郷社へ昇格した。

千貫門
鳥帽子山の頂からのぞむ千貫門

創建年代は詳らかでない。当初は烏帽子山(別名、御嶽山、雲見ヶ岳、浅間山)を神奈備として崇め、のち磐長姫命をあてるようになったと考えられている。かつては6月朔日に山を開き、1か月間諸人の参詣をゆるし、8日に祭礼を行った。

古くから航海の望標とされ、「豊漁・航海安全の神」として信仰された。漁民の信仰は特にあつく、沖を通るときは鉢巻きをとり、鰹漁船は鰹の心臓を供えて「ツイ」と唱えながら礼拝したという。また、後北条氏に仕えた上の山城主・高橋丹波守の鎮守であり、高橋氏が神職を世襲している。

古い記録に、明暦3年(1657)3月の社殿再建棟札がある。暴風によって海中に没した本殿を再建した時のもので、表に「伊豆州那賀郡仁科科庄岩品郷雲見村粤有三ケ村惣社浅間大菩薩当所鎮護霊神也」云々とある。

現本殿は天保12年(1841)4月の再建で、この時の棟札には「奉再立御嶽浅間大菩薩御宝殿一宇村内安全之所 三ケ村惣社祢宜当村高橋左近」とある。

そのほか、覆殿は大正2年(1913)8月、中宮(女宮)は昭和3年12月、拝殿は平成元年7月に造立された。

磐長姫命

記紀に登場する神で、大山祇神の娘、木花開耶姫命の姉。浅間神社は、総本宮である富士山本宮浅間大社を筆頭に、ほとんどが木花開耶姫命を主祭神としており、磐長姫命をまつる社はとてもめずらしい。

『古事記』によると、瓊瓊杵尊が木花開耶姫命に求婚したさい、喜んだ大山祇神は磐長姫命も添えて送り出した。ところが瓊瓊杵尊は醜い磐長姫命を送り返し、木花開耶姫命だけをめとってしまう。恥じた大山祇神は、「石のごとく変わらない長寿と、木の花のごとく繁栄するよう姉妹を送り出した。木花開耶姫命だけをとどめたのでは、子孫の寿命は木の花のように儚いものになるだろう」と嘆いた。

『日本書記』では、恥じたのは磐長姫命で、「わたしを妻に迎えていれば、生まれてくる子は岩のごとく長寿となったのに…。妹のみを妻としたため、生まれてくる子は木の花のごとく短命になるだろう」と呪詛。人の命が短くなった起因としている。

そんな経緯もあって、烏帽子山(磐長姫命)に登って富士山(木花開耶姫命)の美しさを称えると、磐長姫命の怒りにふれて振り落とされてしまう、と伝えられる。

(一説に富士山と鳥帽子山は晴雲を異とする気象から生まれた伝承とも)

烏帽子山の頂に鎮座

海食による断がい絶壁や岩礁、荒波が雄大な海岸線をつくる雲見。その海辺に突きだし、遠目からだと島のようにもみえる急峻な山がある。標高162mの烏帽子山だ。浅間神社は、この山のふもとに拝殿、中腹に中宮(中拝殿)、山頂に本殿を備えている。

烏帽子山
神奈備、烏帽子山

海辺の鳥居から参道(登山道)がはじまる。しばらくは灯籠つらなる石段がつづき、沿道にはウバメガシや夫婦松がそびえ、いわゆる風情ある情景。ところが、拝殿を過ぎると様相は一変し、見上げるような角度の石段がひたすらつづく。ひじょうに険しい。

どうにか石段を上りきると、簡素な社殿がある。中宮(中拝殿)だ。「女宮」ともいい、女性登拝がここまでしか認められていなかったころの名残。中宮からは大岩点在のガレ場となり、しばし進むと待ちわびた本殿&山頂。所要20分、密度のこい道のりだ。

参道
急峻な石段がつづく
本殿覆屋
大正2年造立の本殿覆屋

山頂には小さな展望台が設けられ、360度の大パノラマが待っている。西をのぞめば青い駿河湾がはてなく広がり、東から北に視点をずらすと、複雑に入り組んだ伊豆の地形が楽しい。南の海上には、当社の石門とされる奇勝・千貫門もある。

駿河湾
山頂から駿河湾を一望
境内風景
参道
参道
参道
参道
ウバメガシ
ウバメガシ
夫婦松
夫婦松
狛犬
狛犬
拝殿
拝殿。平成元年造立
石祠
石祠
石祠
石祠
石段
急峻な石段がつづく参道
中宮
中宮。昭和3年再建
眺望
中宮からの眺望
ガレ場
ガレ場の参道をのぼる
本殿覆屋
山頂から見下ろした本殿覆屋
眺望
山頂からの眺望。富士山は雲に覆われ―
雲見
山頂からのぞむ雲見の集落

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参考文献 豆州志稿、明治神社誌料、浅間神社の歴史、静岡縣神社志、静岡縣神社要覧、神道体系、全国神社名鑑、松崎町史資料編第一集、村山浅間神社調査報告書、角川日本地名大辞典、日本歴史地名体系、古事記夜話、富士山-史話と伝説-
(フォト撮影日:平成19年9月23日)
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