青陽山 陽徳寺


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本堂
北向きにたつ陽徳寺本堂
名 称
陽徳寺[ようとくじ] (山号:青陽山[せいようさん]
所 在
静岡県富士市吉原1丁目4−3
宗 派
臨済宗妙心派
創 建
不詳
本 寺
今泉法雲寺
開 基
不詳
開 山
不詳
本 尊
地蔵菩薩
鎮 守
閻魔堂
石 造
庚申塔など

眼病・無病息災などで信仰あつめる

境内
旧東海道に面する境内

岳南鉄道・吉原本町駅の駅舎南に、青陽山陽徳寺と号する寺がある。無住の小寺であり、さほど知られた寺号でもないが、等身大の本尊・地蔵菩薩は「身代わり地蔵尊」として近隣住民から信奉されている。

もとは元吉原にあり、それが吉原宿の所替えにともなって移転してきたと考えられているが、開基・開山をふくめて詳しいことは分かっていない。安政大地震で堂宇を焼失、さらに再建された堂宇も明治29年の大火で類焼したといい、現在の本堂は同年6月に再建されたものと伝わる。

本尊の地蔵菩薩について、白隠著『荊叢毒蕊』は、駿東郡青野村(現沼津市)にあった光明庵が所蔵していたとする。それが江戸初期の大洪水で寺ごと流され、浮島沼を経由して元吉原に流れついたところを、住民がすくいあげて陽徳寺の本尊にした。以上のことから別称は「青野地蔵」。

また、俗称「身代わり地蔵尊」については次のように伝わる。かつて付近で眼病が流行したとき、困った人々はこの地蔵に願掛けした。すると病状はたちどころに快方へむかい、代わりに地蔵には目ヤニがいっぱいついていた――。以後、病気回復などに霊験あらたかとして尊信されている。毎年7月23〜24日の祭典では、本尊や大絵曼荼羅を開帳、多くの参詣者でにぎわいを見せる。

◆江戸期は除地5畝16歩(『駿河記』『駿河志料』)。◆地蔵菩薩は駿河一国百地蔵尊の第91番札所。

境内
六地蔵と閻魔堂 閻魔像は祭典で開帳
境内
鐘楼 文政6年銘 名号塔 寛政5年銘 供養塔
参考文献 境内掲示板、駿河記、駿河志料、修訂駿河国新風土記、富士市の寺院、富士市の仏教寺院、富士市のまつり、東海道吉原宿、吉原宿周辺史跡案内
(フォト撮影日:平成18年〜20年。最終6月25日)

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