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中里八幡宮

境内
社頭風景。須津小学校と隣接している
名 称
八幡宮[はちまんぐう] (通称:中里八幡宮[なかざとはちまんぐう]
所 在
静岡県富士市中里字宮組1017
主 神
誉田別命 息長足姫命
創 建
伝:文永年間(1264~74)
例 祭
10月17日
敷 地
982坪
神 紋
五三の桐
社 格
旧村社
神 徳
五穀豊穣・厄除けほか
備 考
イチョウ ケヤキ クスノキ(市保存樹林)

多門坊が管掌、須津の産土神

社頭
境内(左)は旧道に面する(東向きに撮影)

富士市東部、愛鷹山南西麓の中里に鎮座する。祭神は誉田別命、息長足姫命。中里の地名は赤淵川と須津川に挟まれた立地からとも、須津庄の中央だからともいわれ、これを冠して通称は「中里の八幡さん」。文永年間(1264~74)地頭・冷泉中将隆茂が創建したといい、以来須津庄の産土として信奉されてきた。

中世は聖護院直末(住心院)の本山派修験多門坊を別当に、今川・北条・武田氏などに庇護された大社だった。ところが永禄12年(1569)ごろ、駿河国をめぐる北条氏(今川氏援軍)と武田氏との戦火にかかって焼失。のちに再建されたものの、社勢は衰微した。江戸期は朱印地11石と除地18石、それに摂社愛鷹神社の除地14石5斗1升4合を併せて領した。

本殿
本殿は瓦葺きの三間社流造り
飾り気はなく、力強さが印象的

神域は根方街道の旧道に面し、須津小学校と隣り合う。『須津村誌』(大正6年)の「鬱蒼タル杉林ニテ包マル」ほどではないが、いまも緑豊かな境内で、社叢は富士市の保存樹林に指定されている。ひろい参道の先に狛犬と江戸期奉納の灯籠、そして重厚感のある木造社殿が、背にする小学校を守るように建っている。

例祭日は10月17日。江戸時代は旧8月15日が大祭で、奉納相撲が行われた。『須津文書』によると慶安2年(1649)から始まったもので、江戸末期の地誌『駿河記』『駿河志料』にも記述がある。明治以降、神嘗祭の日に改められ、『須津村誌』には「相撲アリ 甚ダ賑ヤカナリ 参拝者ノ数六千」。しかし、昭和24年の台風によって人身事故がおきて以降、奉納相撲は廃絶している。

境内 拝殿
社殿前に広場。以前は土俵があった 拝殿は瓦葺きの入母屋造り
石造物
江戸期の灯籠と水盤。→寛政元年(1789)8月、元禄12年(1700)9月、同、
元治元年(1864)12月、享保17年(1733)8月、享保18年(1734)9月銘

境内社

稲荷社
稲荷神社

境内社は5社。稲荷神社(宇迦之御魂神)、山神社(大山祇命)、秋葉神社(火之迦具土神・奥津日子神・奥津比売神)、愛鷹明神社(天津日高彦火邇邇藝命)、そして地蔵堂。

稲荷神社は境内最深部、ブロック製覆屋のなかに古びた木造祠。もとは多門氏の屋敷神だったが、大戦後に遷座したという。山神社・秋葉神社・愛鷹明神社は、参道左手にある入母屋造りの木造覆屋のなか。地蔵堂は八幡宮の道向かいにあり、青銅製の首なし地蔵菩薩を本尊に、阿弥陀如来、地蔵菩薩、観世音菩薩を安置している。

なお江戸後期の地誌によると、多門坊管掌の社に「愛鷹明神社 除地14石5斗1升4合」がみえ、大正6年の『須津村誌』では「今ハ八幡社境内ニ移祠セラル」と見える。境内社の愛鷹明神社が該当社だろうか。また同書は、中里4丁目の宇佐八幡宮を「中里八幡宮ノ摂社タリ」と記載している。

境内社
3社合殿(覆屋) 地蔵堂及び念仏塔・板碑
境内社
秋葉神社 山神社 愛鷹明神社
境内社
観世音菩薩 地蔵菩薩 阿弥陀如来

多門坊

多門坊(多聞坊)は、中里の八幡宮や愛鷹神社の別当をつとめた本山派修験(聖護院直末)。大僧正頼尊を開祖としており、村山興法寺(村山浅間神社大日堂)の村山三坊、下方五社(富知六所浅間神社瀧川神社日吉浅間神社今宮浅間神社入山瀬浅間神社)別当の東泉院とは同系だったと伝わる。

史料には16世紀前半から登場、今川氏はじめ北条・武田氏などから神領を寄進・安堵されている。今川義元は、天文5年(1536)8月、八幡宮神領11石と供僧免を安堵し、同8年(推定)7月に領地への乱暴狼藉などを禁止。同19年2月、境内と屋敷・愛鷹林を安堵し、同年7月に屋敷銭1貫360匁余を寄進、翌月には社殿修理料として前年寄進した本年貢・段米のうち20俵を安堵している。今川氏真は、永禄5年(1562)9月、義元同様に神領・供僧免・屋敷銭・愛鷹林などを安堵し、同12年12月、社殿修理料の本年貢米20俵を安堵した。

永禄11年(1568)に武田氏が駿河国へ侵攻すると、今川氏援護を名目に北条氏も当地へ進出。北条氏は同年12月、多門坊へ制札を与え、翌年7月には多門坊・実相坊・大鏡坊(村山大鏡坊か)に愛鷹山中の要所「小麦石小屋」の守備を依頼するとともに、八幡宮・愛鷹神社及び屋敷の竹木を保護、多門坊の懐柔を図っている。しかし、ほどなく駿河国は武田氏支配となり、多門坊もその管掌下に入った。推定元亀3年(1572)、多門坊長真は銭方5貫710文及び36俵2斗を神領として申告。同年8月、武田信玄は神領や屋敷・愛鷹森などを安堵、さらに諸役と職人10名の普請役を免除。同4年11月には、武田勝頼が寺務を安堵したうえ、社殿造営及び祭礼勤仕を命じている。

寛永18年(1641)6月、徳川幕府より朱印高11石及び山林竹木諸役免許を受ける。江戸期はほかに除地18石、それに摂社愛鷹神社の除地14石5斗1升4合を併せて領したという。その後、神仏分離のさいに聖護院下を離れて復飾。しばらくは神官として八幡宮に勤仕したが、のちに大森氏(江尾飯綱神社日吉浅間神社などの旧神主家)へ職を譲り、八幡宮の祭祀から離れた。

参考文献 駿河記、修訂駿河国新風土記、駿河志料、須津村誌、富士郡神社銘鑑、郷土誌須津、全国神社名鑑、富士市の神社、駿河、多門家文書、角川日本地名大辞典、日本歴史地名体系
(フォト撮影日:平成18年11月3日、19年12月1日、20年9月27日)

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