蒲郡・多度・桑名を歩く
「鉄道の日記念・JR全線乗り放題きっぷ」を使い、
愛知県蒲郡市・三重県桑名市の社寺めぐり。
多度大社・観音堂・桑名宗社を除き、初参拝です。
朝一の東海道線に乗り、うたた寝しつつ一路西進。
8:00ごろ蒲郡駅につき、観光客に混じりながら、
八百富神社参拝&竹島散策。
10:20に蒲郡を発ち、関西本線、養老線と乗り継ぎ、
12:00ごろ多度駅着。多度の古い町並みを楽しみつつ、
多度大社を中心に、愛宕神社・みそぎ滝などを拝観。
15:30ごろ桑名駅に戻り、最終目的地の桑名宗社へ。
あとは日暮れまで桑名市街をぶらぶら散策。
今回の目的は、多度大社・桑名宗社で御朱印をいただくこと。
過去、多度大社は2度、桑名宗社は1度参拝しましたが、
朱印帳を忘れたり、神職の方が多忙だったりで未収集。
念願かない、ぶじ御朱印をいただきました♪
竹島
愛知県蒲郡市府相町。沖合い約400m、三河湾に浮かぶ周囲約620mの小島。島内に八百富神社があり、島全体が同社神域。暖帯林特有の常緑樹林(56科238種)で、タブ型森林を構成する。天然のまま保たれ、八百富神社社叢として国天然。1周約20分の遊歩道あり。(08:22)
八百富神社
愛知県蒲郡市竹島町3−15。主神:市杵島姫命、旧社格:県社。三河湾に浮かぶ竹島に鎮座。養和2年(1181)、国司藤原俊成が琵琶湖の竹生島弁財天を勧請。徳川家康は代参を遣わし、のちに朱印地寄進。領主松平氏の崇敬もあつかった。市文に木造弁財天像など。(08:50)
地蔵堂
三重県桑名市多度町。半跏座像の地蔵菩薩を本尊に、立像の薬師如来を併祀。建立時期は詳らかでないが、江戸期には延命地蔵として柚井の人々から尊信されていた。平成3年、本堂改築。薬師如来はもと西城にあり、明治期に宇賀神社へ移され、昭和27年に併祀。(12:16)
多度稲荷神社
三重県桑名市多度町。主神:宇迦之御魂大神。多度大社駐車場に隣接、朱の鳥居・幟が鮮やかな社。元治元年(1864)、里の庄屋が伏見稲荷大社を勧請、現在地に創祀。のちに多度山中腹の愛宕神社へ合祀されたが、昭和40年に勧請100年を記念して旧地へ復した。(12:26)
多度大社
三重県桑名市多度町多度1681。主神:天津彦根命・天目一箇命、社格:式内社、旧国幣大社。神奈備・多度山のふもとに鎮座する社。朝廷の崇敬あつく、伊勢神宮に対し「北伊勢大神宮」と称された。織田氏の兵火にかかって荒廃したが、桑名藩主・本多忠勝によって復興。(12:33)
↓は多度大社前。(13:17)
観光客を乗せて走る(というか歩く)馬車。
時間が有ったら乗りたかったなぁ。
多度大社の神使は白馬。
神馬舎ではサラブレッドの錦山号が仕え、
ほかに白馬舎(こっちは造り物)もあります。
上げ馬神事や流鏑馬祭りでは馬が重責を担い、
絵馬の図柄にもやっぱり白馬さん。
多度観音堂
三重県桑名市多度町多度。宗派:真言宗、本尊:十一面観音菩薩。多度大社と隣接している。多度神宮寺(法雲寺)と関わりがあった考えられており、安置する十一面観音菩薩立像(南北朝)・千手観音菩薩立像(平安前期)も神宮寺関係の仏像か。伊勢西国三十三観音霊場。(14:12)
愛宕神社
三重県桑名市多度町多度1673。多度山の中腹に鎮座する火伏せの神。寛永年中(1624〜44)に桑名藩主松平定行が、法雲寺(多度神宮寺)跡に遠江国掛川の愛宕神社を勧請(異説あり)。定行はさらに法雲寺を再興(法灯は継承せず)、当社の別当寺にしたという。(14:25)
白蔵稲荷大明神
三重県桑名市南魚町。桑名駅から徒歩10分、市街地中央の南魚町に鎮座。天台宗仏眼院の守護神として勧請されたのが起こり。ふるくから市がたった当地は「魚ノ棚」とも呼ばれ、商売繁昌・火伏せの神である当社は、町年寄三十六人衆をはじめとする町衆から信仰された。(15:40)
仏眼院(宝興山喜禅寺)
三重県桑名市南魚町35。宗派:天台宗、本尊:文殊菩薩。宝興山喜禅寺と号する。寺伝によると最澄が開創、仏現寺と名付けた。醍醐天皇により桑名宗社の神宮寺に定められ、喜禅悦寺に改称。藩主から庇護され、境内地寄進のほか、幕府歴代将軍の位牌を預けられた。(15:51)
桑名宗社
三重県桑名市本町46。祭神:天津彦根命ほか、社格:式内社、旧県社。桑名神社・中臣神社の2社で構成。桑名城下の総鎮守として歴代城主の庇護をうけた。旧東海道に面する青銅鳥居(県文)は寛文7年(1667)に松平定重が250両を投じて建立。石取祭は国無形文。(16:07)→掲載
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