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穴山 穂見神社

本殿
宝暦3年(1753)再建の本殿。随所に見事な彫刻が施され、組物も複雑
名 称
穂見神社[ほみじんじゃ]
所 在
山梨県韮崎市穴山町稲倉1856
祭 神
建御名方命 倉稲魂命 素盞嗚命
創 建
不詳
例 祭
10月10日
社 地
1,836坪
社 格
式内社 旧郷社
神 徳
五穀豊穣、武運長久ほか

「藤井平5千石」見守る農耕の神

外観
外観。社前に稲田ひろがる

八ヶ岳から南にのびる七里岩台地の東麓、稲倉地区に鎮座する古社。式社「巨麻郡 穂見神社」の論社のひとつ。地名「稲倉」が示すように、かつて付近一帯(逸見郷)は屯倉であり、租稲を収める官庫の守護神として、農耕神の倉稲魂命を祀ったことが起源と伝えられる。いまも、社前には素朴な田園風景が広がっている。

祭神は建御名方命(正殿)、倉稲魂命(右殿)、素盞嗚命(左殿)。前述のように、地主神は倉稲魂命。正殿の建御名方命は天文年間(1532~55)に北杜市明野町の宇波刀神社より勧請、いつしか主神となった。素盞嗚命は後方斜面に露頭している周囲10m、高さ7mの「根の神石(巨霊石)」が御神体。もともと3社は別殿だったが、宝暦年間(1751~64)に合殿となった。

石
素盞嗚命の宿る根の神石(巨霊石)

一帯は穴山氏の故地だったため、穴山氏、そして同氏が属した徳川氏から保護された。天正11年(1583)4月、徳川家康は神領5貫300文を安堵。同10月には家康家臣に与えられた神領10貫6文が、穴山勝千代の訴えにより返還されている。慶長8年(1603)の黒印では7石6斗余、江戸期通じて安堵された。

稲刈りを終えた稲田の奥。森に囲まれた静かな佇まいをみせ、耳に届くのは耕運機の音。小川にかかる太鼓橋をわたり、古風な鳥居・神門をくぐると、1段たかいところに拝殿がたつ。広い間口、味のある土壁、重厚な瓦葺き。その後方、石積みの上にみごとな細工の本殿がさりげなくたち、裏手の急斜面には、根の神石がいまにも滑落しそうなようすで露頭している。

境内
社前の太鼓橋。建立は
文化年間(1804~18)
元禄2年(1689)
建立の石鳥居
左:文化5年(1808)
右:寛政5年(1793)
境内
切妻造りの随神門 入母屋造りの拝殿
境内
随神 寛政12年銘の庚申神坐 舞殿
境内
本殿。左から扁額周辺、複雑な斗きょう、脇障子に獅子

境内社

祠
川中に祠と灯籠

神域周辺に小祠17基が点在。社前の道向かいに1基、川なかに1基、入口左手に1基、同右手に1基、本殿左手に5基、同右手に8基。なお、明治後期編纂『明治神社誌料』は、境内神社として「八幡宮 賀茂神社 津島神社 熊野神社 東照宮 伊勢大神宮 庚申社 石尊社 塞神社 白山神社 弁天社 霊神社」と記載。

祠
道向かい 入口左手 入口右手
祠
本殿左手 本殿右手

由来端緒

正殿に建御名方命、右殿に倉稲魂命、左殿に素盞嗚命を祀る。地主神は倉稻魂命で、正殿の建御名方命は天文年間(1532~55)に北杜市明野町の宇波刀神社より勧請、いつしか主神となった。素盞嗚命は後方斜面に露頭している周囲10m、高さ7mの「根の神石(巨霊石)」を神体として祀っている。もともと3社は別殿だったが、宝暦年間(1751~64)に合殿とした。

地名「稲倉」が示すとおり、かつて付近一帯(逸見郷)は屯倉であり、租稲を収める官庫の守護神として稲霊(倉稲魂命)を祀ったのが当社の起源と伝わる。『延喜式』神名帳にみえる「巨麻郡 穂見神社」の論社で、また『同』左馬寮式に所載された官牧「穂坂牧」の西方に鎮座することから「西の宮」とも呼ばれたという。さらに、大同3年(808)編さんの医学書『大同類聚方』に巨麻郡真木野の穂見神社の神薬が記されていることから、薬草奏進社ともいわれている。中世は「稲倉大明神」、建御名方命勧請後は「諏訪大明神」と称した。

鎮座地の穴山は、武田一族穴山氏の故地。そのため、中世は穴山氏、そして同氏が属した徳川氏から保護された。天正9年(1581)、神領の隠田5貫160文が発覚したさい、穴山信君はこれをいったん没収後、改めて社殿造営料として寄進。信君はさらに同年2月、武田氏による毎年の社殿修理を保証した券書を発行。同10年10月、徳川家康の奉行から3か条の禁制が下され、家康は翌年4月社領5貫300文を安堵。同年10月には芝田七九郎康忠の同心衆に与えられた「諏訪神領」10貫6文が、穴山勝千代の訴えにより返還されている。

慶長8年(1603)の四奉行黒印では社領7石6斗余。慶安2年(1649)8月、3代将軍徳川家光から改めて安堵され、社中竹木諸役免除ともども維新まで継続した。宝暦3年(1753)境内より小鉛蓋が出土、裏面に「弘安8年(1285)2月23日 藤原氏久敬白」と記されていたという。文化6年(1809)2月、有栖川宮熾仁親王御染筆の神額が奉納された。明治6年、郷社に列格。

参考文献 境内石碑、甲斐国志、明治神社誌料、全国神社名鑑、角川日本地名大辞典、日本歴史地名体系、山梨百科事典
(フォト撮影日:平成20年10月18日)

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