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倭文神社(星山)

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名称倭文神社しどりじんじゃ
所在静岡県富士宮市星山字坊地1
主神健羽雷神
合祀熊王神 高皇産霊神 伊邪那岐命 大山祇神
祭礼1月15日 7月第2日曜日 10月10日
創建不詳社地469坪
社格式内社(小) 旧村社神徳五穀豊穣・家運隆盛ほか
備考浅間大社元摂社、スギ スダジイ(市保存樹)
交通JR富士宮駅より徒歩25分 駐車場有
  1. 由緒
  2. 境内概要
  3. 写真
  4. 境内社および合祀社
  5. 関連リンク・参考文献

機織の神を祭祀

星山の産土神で、古くは「星山大明神」「嶽王子」とも称した社。祭神は健羽雷神。創祀こそ詳らかでないが、『延喜式』神名帳に列した古社であり、『駿河国神名帳』に「正五位下 委文天神(あるいは織委文天神)」の名で載る。

倭文神社 社伝

社伝によると、創祀は神代にさかのぼる。いわく、当地に君臨していた星神・香々背男が中央政府に反乱を企てたため、経津主神・武甕槌命は健羽雷神を派遣して討伐させた。その後、健羽雷神は星山にとどまり、倭織・製紙を興して地域発展に寄与したため、ここに祀られた、としている。

この社伝のベースは『日本書記』の葦原中国平定の段。いわく、經津主神と武甕槌神は従わない神々を討ったが、星神・香々背男のみ従わせることができなかった。そこで2神は倭文神の建葉槌命を派遣し、これを服従させた――。

また、同書の皇極天皇3年(644)条に興味深い話が載る。

いわく秋7月、不尽河(富士川)付近に住む大生部多が、ある虫を「常世の神である。これを祀れば富と長寿を得られる」と里人にすすめ、巫覡らもこれを喧伝した。民は惑わされ、家財を投げ打ち、歌や踊りに明け暮れた。その損害は甚だしく、みかねた葛野の秦造河勝が大生部多を討伐した――。

かいつまめば、新興宗教が富士川付近に興り、その勢いを恐れた中央が攻め滅ぼした、という話。

このふたつの話、あらすじが似ているだけでなく、倭文が関わる部分も共通する。「香々背男討伐」に登場する健羽雷神および建葉槌命は機織の神(倭文神)であり、「常世の虫」に登場する秦氏は機織技術をもった倭文部の氏。そして倭文神社は倭文部が祀った社だ。

社伝は「香々背男討伐」を主題とするが、むしろ富士川という身近な名詞がでてくる「常世の虫」の方が関連はありそう。大生部多を討った秦造河勝の一族が星山に定住し、氏神の倭文神を祀った、と考えれば腑に落ちる(大生部多も倭文部とする説がある)。のちに葦原中国平定を付会、秦造河勝→健羽雷神(=建葉槌命)、大生部多→香々背男に置き換えたのかもしれない。

ちなみに「常世の虫」は、橘や曼椒に生まれ、長さは4寸余、大きさは人差し指ほど。色は緑で黒点があり、蚕に似ている、とある。おそらくアゲハチョウの幼虫ではないか、と考えられている。

浅間大社の摂社に

現在、神域は大悟庵観音堂に挟まれている。というより、むしろ「大悟庵境内に鎮座」と表現したほうが適切で、同寺鎮守といった趣。同寺の伝えによれば、明星山に鎮座していた当社を元禄14年(1701)に遷したという。観音堂は当社の本地堂だったとする説がある。

その一方、当社を支配していたのは浅間大社であり、戦後まで浅間大社摂社に名を連ねた。古い記録をみると、天正5年(1577)の『富士大宮御神事帳』の正月項に「嶽王子御神事」とみえ、祭費7斗5升は浅間大社大宮司の知行地が負担している。江戸期も浅間大社末社料から配分を受け、神主は浅間大社所司太夫が兼務していた。

神域の規模は、寛政2年(1790)11月の『本宮及末社間數坪數書』に「星山村倭文之神社 拝殿2間3間 但社無之 社地541坪」とある。くだって昭和初期の『富士郡神社銘鑑』では境内469坪(氏子崇敬者83戸)。江戸期からほとんど変化はないようだ。

榊を御神体に

星山丘陵中段の神域は、曹洞宗大悟庵観音堂に挟まれている。大悟庵の門柱を抜けると観音堂の石段があり、その左に神社の石段、さらに左へゆけば大悟庵の山門につく。どこも緑豊かだが、神社部分はひときわ濃く、そこが神域であることを意識させる。

石段を上って華奢な石鳥居(大正13年奉献)をくぐると、1本の老杉が天をつくように真っすぐそそり立つ。幹周り5.9m、太く力強い巨木だ。倭文神社の御神木であり、また境内社熊野神社(祭神大屋毘古命)の依代でもある。富士宮市保存樹。

石鳥居
石鳥居
御神木
御神木

杉の後ろに素朴な木造拝殿があり、その裏手の林中に玉垣で囲われた3m四方の磐境がある。ごく若い榊がぽつんと生えている。本殿はなく、この榊を御神体としている。昭和初期の古写真に写る榊は比較にならないほど大きいことから、近ごろ代替わりしたらしい。

磐境
磐境

なお、幕末の地誌『駿河志料』は「神殿なくただ大石を置き神座とす」とし、『駿河記』も「一片の神躰石ありて」と載せる。いま、拝殿前に注連縄をめぐらせた大岩がある。これが神体石だろうか。

神体石
神体石?
境内風景
遠景
遠景。左端は大悟庵、右端は観音堂
社前風景
社前風景
参道
石段の参道
境内
緑豊かな境内
手水舎
手水舎。水盤は昭和13年奉献
石鳥居
正面に華奢な石鳥居
御神木
御神木
御神木
御神木
灯籠
寛政12年奉献の灯籠
拝殿
拝殿

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および合祀社

境内社として熊野神社を祀る。昭和初期の『大宮町誌』に「杉の老樹を以て神木とす」とあるように、境内の老杉を依代とする。祭神は木の神、大屋毘古命。

老杉
老杉

合祀社は次の3社。いずれも星山にあり、境内掲示板によれば昭和35年に合祀した(各社旧地の石碑は昭和27年合祀としている)。

熊王山神社

字上ノ原186番地。祭神/熊王神。旧社格/無格社。創建年月不詳。文政13年(1830)の灯籠と水盤、弘化5年(1848)2月17日の棟札記録が残る。農林業の神として信仰され、かつて氏子は年3回、家業を休んで祭祀を行ったという。

昭和初期の『富士郡神社銘鑑』『大宮町誌』は、本殿3尺×1尺7寸、雨覆5尺9寸×5尺9寸、拝殿2間×1間5尺、境内250坪(あるいは205坪)、例祭9月17日(陰暦)、崇敬者56名と所載。

熊王山神社
熊王山神社
第六天神社

字向山843-2番地。祭神/高皇産霊神・伊邪那岐命。旧社格/無格社。明星山公園野球場近くの山林のなか、御神木のスダジイ(市保存樹)を背に鎮座。創建年月不詳。元禄10年(1697)明星山から遷座したと伝わり、文政11年(1828)9月17日の棟札を所蔵。

江戸後期『駿河記』『駿河志料』に「第六天神社」とみえ、昭和初期『富士郡神社銘鑑』『大宮町誌』に本殿9寸×9寸、境内103坪、例祭9月17日(陰暦)、崇敬者56名。スダジイの幹周は4.47m、3.36m。スダジイとしては市内随一。

第六天神社
第六天神社
山神社(日吉山王神社)

字上ノ原130番地。祭神/大山祇神。旧社格/無格社。元禄11年(1698)1月17日、愛媛県越智郡宮浦日吉神社より遷宮したと伝承されている。江戸後期の『駿河記』『駿河志料』に「山神社」とみえ、昭和初期の『富士郡神社銘鑑』『大宮町誌』は本殿1尺×1尺、境内292坪、例祭9月17日(陰暦)、崇敬者56名と所載。

山神社
山神社(日吉山王神社)
参考文献 境内掲示板、駿河記、修訂駿河国新風土記、駿河志料、駿国雑誌、駿河國式社備考、淺間文書纂、富士郡神社銘鑑、静岡縣神社志、沼久保区誌、式内社の研究、富士山南西麓編 史跡・史話、日本歴史地名体系、日本神名辞典、神道大辞典、角川日本地名大辞典、静岡県宗教法人名簿
(フォト最終撮影日:平成23年4月24日)
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