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龍泉山東光寺

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名称東光寺とうこうじ [山号:龍泉山りゅうせんざん
所在静岡県富士市中里1249
宗派日蓮宗本尊一塔両尊四士
創建不詳開基羽林冷泉中将隆茂
開山実相院日源上人本寺身延久遠寺
寺紋日蓮宗橘末寺3か寺
交通岳南鉄道須津駅より徒歩5分 駐車場有
  1. 由緒
  2. 境内概要
  3. 写真
  4. 塔頭・末寺
  5. 関連リンク・参考文献

根方街道指折りの古刹

日蓮宗橘

古い往還である根方街道筋でも指折りの古刹、龍泉山東光寺。創建年月は詳らかでないが、鎌倉中期に真言の霊場から日蓮宗に転じたとされ、富士郡須津庄(現・富士市東部)における日蓮宗の中核寺院として親しまれてきた。

日源と冷泉中将隆茂

もとは真言の霊場だったが、永仁元年(1293)住持日恫と領主羽林冷泉中将隆茂が、岩本実相寺の中老僧日源の教化を受けて日蓮宗へ改めた。寺名由来は、実相寺の東にあること、あるいは真言時代の名が「東光坊」だった、など諸説ある。

改宗経緯について、旧記はおおむね次のように紹介している。

「羽林冷泉中将隆茂は仏教を軽んじ、自らの信ずる儒教を領地に広めていた。これを憂いた日興日源が相計り、日源が須津におもむき儒仏を討論した結果、中将は日蓮の教えに帰依。東光寺の開山に日源を招いた」

冷泉中将隆茂は須津庄の地頭だった人で、中里の産土神・中里八幡宮も同氏による創建と伝えられている。

題目塔
日源や中将隆茂の名を刻んだ題目塔
中世から江戸期

改宗以降、須津庄における日蓮宗の中心寺院として発展。ことに中世、駿河国主今川氏の軍役をつとめるなど寺運はおおいに隆盛し、天文5年(1536)閏10月には今川義元から境内1万5千坪の安堵や棟別などの諸役免除を受けている。

しかし永禄13年(1570)、武田信玄の兵火にかかり諸堂・重宝を焼失してしまう。四半世紀後の慶長元年(1596)6世日耀の代に本堂を再建し、寛永16年(1639)鎮守堂を建立した。

江戸期は身延久遠寺末の中本寺で、緋金跡、駿河国触頭。朱印地は20石あり、市内の寺社領では富士山東泉院米之宮浅間神社に次ぐ規模だった(横割成安寺と同規模)。

『駿河國新風土記』によれば、当時は境内1万5千坪に本堂(10間×9間)のほか七面堂や稲荷・妙見堂、鐘楼、庫裏などがあり、塔頭・末寺は10か寺を数えた。うち塔頭5、末寺2は明治初期に廃され、いまは本妙寺題唱寺浄光寺が存続している。

火災に悩まされた東光寺

なお東光寺は、いくども火災に見舞われている。永禄13年(1570)、元禄3年(1690)、享保9年(1724)、延享2年(1745)、寛政2年(1790)、明治10年、昭和13年――。堂宇・塔頭の焼失、再建を繰り返しながら寺を保ってきた。

江戸中期に山号を「照耀山」から「龍泉山」へ改めているが、これには火災防止の願いがこめられていたようだ。

本堂彫刻は板倉聖峯作

岳南鉄道須津駅で降り、住宅地を北へ歩くと小さな辻にでる。交差するみちは古い根方街道だ。角に「龍泉山東光寺」と刻んだ寛政7年(1795)の鬚題目が立っている。そこからさらに北進すると今の根方街道にぶつかり、道向こうに東光寺の山門が建つ。

山門
根方街道に面する山門

飾り気ない質朴な山門を抜けると、ねずみ色に舗装された表参道がつづく。車も通れる広い道だ。両側は大人の背丈ほどあるブロック塀で、その外に民家が並んでいる。江戸期はおそらく、ここに塔頭が軒を連ねていたのだろう。

参道のはては広々とした境内で、開けた空の下に本堂がゆったりと建っている。左手に墓地や本妙寺が連なり、右手に鐘楼堂や庫裡。本堂脇には小さな題目塔があり、日蓮ほか、開山の中老僧日源、開闢大檀那の冷泉中将隆茂の名が刻まれている。

狛犬
狛犬
本堂
昭和15年再建の本堂

堂宇はいずれも昭和以降の建築で、本堂は昭和15年再建の入母屋造り。宮大工棟梁は鈴木多吉氏。向拝を飾る竜や菊、獅子・象の彫刻は、昭和期に活躍した彫刻師・板倉聖峯氏の作である。いずれも繊細に描写され、こと威風堂々とした竜は秀作だ。

本堂彫刻
本堂彫刻は板倉聖峯氏の作
境内風景
山門
山門
題目塔
江戸期建立の題目塔
表参道
表参道
境内風景
境内風景
本堂
本堂
本堂木鼻
本堂木鼻
飾り瓦
飾り瓦
狛犬
狛犬
灯籠
寛文8年の古灯籠
鐘楼
鐘楼
境内
ひろびろとした境内

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塔頭・末寺

江戸期、境内に本妙寺、本立寺、本実坊、円乗坊、円隆坊、長建坊、願之坊があり、境外に題唱寺(比奈)浄光寺(石坂)、青蓮寺(江尾)があった。廃仏毀釈のさい5か坊・2か寺が廃されたが、本妙寺・題唱寺・浄光寺はいまも法灯を継承している。

参考文献 駿河記、駿河志料、修訂駿河国新風土記、皇國地誌、須津村誌、日蓮宗寺院大鑑、全国寺院名鑑、富士市の寺院、富士市の仏教寺院、郷土誌須津、鎌倉・室町人名事典、日本仏教人名辞典、史話と伝説の里 須津の歴史散歩、日本歴史地名体系、角川日本地名大辞典
(フォト最終撮影日:平成23年3月27日)
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