江戸中期の宝永4年創祀 流行病に霊験あらたかと信奉あつめる
富士と愛鷹の山あい、石井に鎮座。同集落・愛鷹神社の境外社である。
浅間社は富士信仰の社で、祭神は木花之佐久夜毘賣命。愛鷹社は愛鷹山の愛鷹明神を本源とし、祭神は木花之佐久夜の夫、邇々藝命。この夫婦神が江戸の昔から石井を見守っている。
口碑によれば、300余年前の宝永4年(1707)に創祀。鈴木氏の屋敷神に始まり、のち地区で祀られるようになった。
創祀理由は触れられていないが、宝永4年といえば富士山の宝永大噴火が起きた年。この噴火は11月23日、富士山東南斜面で発生。直下の御厨地方(北駿)を中心に大量の火山灰を降らせ、遠く江戸でも降灰を記録した。
無論、富士南麓の石井にも被害は及び、多量の焼砂が降っている。口碑通りなら、当社は噴火鎮静あるいは再噴火防止を祈念して祀られた、というところだろう。
ほかの説話も多く伝えられる。
『皇國地誌』は「此社ハ元蛇ノ霊ヲ祭リシテ後世今ノ神ニ改ム」 と載せ、木花之佐久夜毘賣命を祀る前は「蛇の神霊」を祀っていたと紹介。
流行病に霊験あらたかともいわれ、『富士郡吉永村神社明細』や『富士郡神社銘鑑』などは「霊験著シク流行病アル時ノ如キ遠近ヨリノ参拝者多シ」と載せる。また境内の水盤の水でイボを洗うと良く取れる、とも伝えられてきた。
記録類は明和2年(1765)の神札が古く、表に「南無妙法蓮華経 千眼宮鎮護」。次いで天保12年(1841)の神札には「南無妙法蓮華経 浅間大菩薩 真如山日願」。いずれも三ツ沢実円寺が納めている(石井に寺はなく、ほとんど同寺の檀家)。
神域は集落の最奥部、豊かな山の緑に抱かれ閑寂としている。
長細い参道に沿ってタブやカヤ、スダジイなどの大木がならび、あいだから薄日がこぼれ落ちる。苔むした参道や石段、下草がやわらかく照らされ、ほの暗い境内ながら緑の鮮やかさが際立っていた。
奥に寄棟造りの拝殿がたち、背後に覆屋と流造りの本殿。本殿前で天保7年(1836)奉献の水盤が苔むしている。社殿はいずれも簡素で、有り触れたムラの産土神だが、むしろそれが社叢の雰囲気を生かし、野趣に富んだ景観を成している。
|