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河口浅間神社

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名称浅間神社せんげんじんじゃ [私称:延喜式内名神大社浅間神社]
所在山梨県南都留郡富士河口湖町河口1
主神浅間大神(木花開耶姫命)
創建貞観7年(865)12月9日
祭礼筒粥祭:1月14日、例大祭:4月25日、太々御神楽祭:7月28日
社地4,551坪神紋丸に棕櫚の葉 丸に八重桜
社格式内社(名神大) 旧県社
備考世界文化遺産推薦の構成資産、「史跡富士山」の構成資産(国史跡)、七本杉(県天然)、河口の稚児舞(県文)、参道の杉並木 栃の木 樅の木(町天然)、本殿 絵馬(町文)
神徳安産、結縁、育児、奨学、裁縫、家内安全、商売繁昌
交通中央高速河口湖ICより北へ5km 駐車場有
  1. 由緒
  2. 境内概要
  3. 写真
  4. 摂末社
  5. 関連リンク・参考文献

平安期創建の古社

河口湖越しに霊峰富士を仰ぎみる地に、富士山山霊の浅間大神(木花開耶姫命)を祀っている。甲州と駿州を結ぶ鎌倉街道のきわに鎮座し、平安の昔から朝廷・領主にあつく遇された古格の社で、富士信仰の北口根拠地として崇敬されてきた。

丸に棕櫚の葉
丸に八重桜
  1. 創祀
  2. 中世から江戸期
  3. 社号および例祭
1.創祀
甲斐国における浅間神社の成立

甲斐国における浅間神社の成立は、貞観6年(864)の富士山大噴火が契機となった。経緯は延喜元年(901)完成の『日本三代実録』に詳しく載っている。概略次のとおり。

貞観6年(864)5月25日、駿河国から「富士郡正三位浅間大神大山(富士山)が噴火。その勢いはなはだ盛ん」と一報があった。続いて7月17日に甲斐国から被災状況が報告され、いわく「駿河国大山が大噴火。大地震と激しい雷雨がおき、たちこめる雲霧で真っ暗になり、山野の境も分からなかった。その後、土石流が本栖湖とせの海(青木ヶ原にあった大湖)を埋め、魚類は死滅、百姓は家を失うか、家が残っても無人となった。河口湖方面にも溶岩流が向かった」――。

富士山は当時、「富士郡正三位浅間大神大山」「駿河国大山」などと表記されているように駿河国に属すると認識され、同山を鎮める官社として同国に富士郡正三位浅間大神(富士山本宮浅間大社)が祀られていた。そのため朝廷は噴火原因を「富士山本宮浅間大社の祢宜や祝(神職の名)の怠慢にある」と占い、8月5日、駿河国へ鎮謝実施を指示するとともに、甲斐国にも奉幣解謝を命じた。

富士
境外社・母の白滝神社そばから望む富士

翌7年、甲斐国は「伴直真貞を祝、伴秋吉を禰宜とし、八代郡家以南に祠を造営して鎮謝させた。それでも噴火がおさまらないため、使者を遣わし検察したところ、埋まったせの海に彩色美麗な祠が造営されていた」と報告し、祠の斎祭許可と官社列格を要請。12月9日、勅により八代郡浅間明神祠の官社列格と祝・禰宜を置くことが決まり、同20日には山梨郡にも浅間明神を祀るよう命が下された。

のち、延喜の制で「八代郡 浅間神社」が甲斐国内唯一の名神大社に列している。

河口浅間神社

河口浅間神社は、貞観7年(865)12月9日に官社へ列した「八代郡浅間明神祠」の有力論社。神域は南都留郡にあるが、往時は八代郡に属したと考証され、「郡家以南」にあたることや、噴火被災地に近く富士山を望める立地などが根拠に挙げられている。

ただ、笛吹市一宮の甲斐国一宮浅間神社、市川三郷町高田の一宮浅間神社なども「八代郡浅間明神」に該当すると主張。当時の郡境を含めて不明確な部分が多く、確たる決め手はない状況である。

ともかくも「八代郡浅間明神祠」は、いうなれば富士山北口における浅間神社の根本社である。ゆえに当社は明治以前、「富士山北口本宮極位浅間神社」や「富士山北室本宮」などと称した。

2.中世から江戸期
御師と道者

河口は甲斐国と駿河国をむすぶ官道(鎌倉街道)の宿駅にあたる公通要衝で、沿道に鎮座している河口浅間神社は古くから朝野の崇敬を集めた。富士信仰が盛んになった室町期以降は、神社を中心に街道両側へ御師が宿坊を連ね、富士登山の道者でにぎわった。江戸期は富士講の大流行にともない一段と隆盛し、吉田とならぶ富士山登拝の北口拠点として発達した。

江戸後期になると道者は登山口に近い吉田へ集まり、河口はしだいに衰微したという。それでも文政10年(1827)『川口村道者立会改差出帳』では甲斐国・信濃国を中心に約2,000人の宿泊者を記録している。また天保9年(1838)『村明細帳』によると、家233戸、人口863人で、うち御師は110軒を数えた。

権勢者の崇敬

権勢者の崇敬もあつく、武田氏や小山田氏、鳥居氏、秋元氏ら歴代領主が保護している。慶長11年(1606)には社殿・旧記を焼失したが、翌年には谷村城主・鳥居土佐守成次が本社および末社21社を大々的に再興した。現本殿は当時の建築である。

本殿
本殿

鳥居氏の改易により谷村藩主となった秋元氏の尊崇は特にあつかった。慶安3年(1650)に秋元越中守富朝、寛文9年(1669)、貞享2年(1685)に秋元但馬守喬知が社殿を修復。秋元喬知は元禄10年(1697)に大鳥居を再建し(扁額「三国第一山」は輪王寺宮公弁親王親筆)、同15年には金銅製絵馬も奉納している。また例祭には必ず代参使を立て、武蔵国川越藩に移封後も代参使を遣わした。

徳川幕府の庇護

徳川幕府からも庇護され、将軍家の祈願所となっている。寛永17年(1640)徳川家光夫人懐妊のさい、奥向は御師三浦氏に富士山へ参籠して祈祷するよう命じた。翌年、徳川家綱が無事生まれると爾後毎年正月・6月・9月の祈祷を命じ、初穂として金5枚を奉献。三浦氏は正月に年頭御礼へ登営、時服拝領が例となった。

また延享4年(1747)『富士浅間江戸御旦那帳』には、秋元摂津守、青山因幡守、土屋能登守、西尾隠岐守、堀田相模守、松平伊賀守、戸田能登守、土井豊前守、朽木主膳などの名がみえ、諸大名から広く崇敬されていたようすがうかがえる。

3.社号および例祭
近代社格と社号変遷

江戸期は社地6町・大門通1段6畝・山林3町を除地として領したが、明治初期に上地となった。現境内地は4,551坪。近代社格は明治5年に郷社へ列し、大正13年に県社へ昇格した。

社号はかつて「富士山北口本宮極位浅間神社」「富士山北室本宮」などと称したが、明治期に「浅間神社」へ改めた。

戦後、吉田の冨士浅間神社が「北口本宮」を使用申請したさい、河口浅間神社内にも当然、「北口本宮」を優先使用すべきとの意見があった。しかし「式内社であることを主とし、北口本宮の冠称には固執せず」の考えで見送ったという。こんにちは「延喜式内名神大社 浅間神社」と私称している。

例祭

例大祭は4月25日。祭神の子供夫婦(彦火火出見命、豊玉姫命)を祀った河口湖畔の産屋ヶ崎に御神幸する。これは夫婦が授かった鵜草葺不合命を祖母が見舞う祭儀で、神輿には産衣とお産用具が奉じられているという。俗に孫見祭。

産屋ヶ崎神社
産屋ヶ崎神社と富士

孫見祭と7月28日の太々御神楽祭では、河口の稚児舞(県文)が奉納される。祭神の荒御霊を慰めるべく始められた伝統の神事芸能。

舞うのは「おちいさん」とよばれる7~12歳の童女たちで、緋色装束に錦織の陣羽織、緋のたすきをかけ、舞瓔珞を戴く。孫見祭は「御幣の舞」「扇の舞」「剣の舞」の3種、太々御神楽祭では「八方の舞」「宮めぐり」を加えた5種が奉納されるという。

杉並木の参道と静謐な森

街道ぞいの注連柱から山手へ歩き、赤い大鳥居をくぐると杉並木の参道(町文)がのびる。樹齢800年。縦に深いしわを刻み込んだ堂々たる巨樹が整然と立ち並び、まこと厳かだ。参道半ばに祀られた小祠は「波多志神社」といい、初代祝の伴直真貞を祀っている。

杉並木につづいて静謐な森が広がり、ほの暗い境内に社殿が建ち並ぶ。手水舎を経て随神門をくぐると間口の広い拝殿があり、周辺に神馬殿や境内社が点在。素木のシンプルな建築群で、いずれも華美さはないが姿はよく、深々とした森に馴染んでいる。

参道
杉並木の参道
拝殿
拝殿

本殿は一間社流造(町文)。慶長12年(1607)谷村城主鳥居成次によって再建され、築400年を過ぎた。小ぶりながら細身のフォルムが美しい。他の社殿とは異なり朱と白で塗り分けられ、細部には牡丹や鳳凰、獅子、獏などの極彩色彫刻も施されている。

本殿
本殿

社叢には御神木の七本杉(県天然)がそそり立つ。いずれも樹高40mを超え、根回りは最大30m、注連縄を張った幹はきわめて太い。社殿を見下ろすように毅然とたち、見上げると先端ははるか遠い。7本には神綿、齢鶴、産射、御爾、天壌、父母(2本)の名がある。

御神木
御神木
境内風景
注連柱
鎌倉街道ぞいに注連柱
大鳥居
参道をゆくと赤い大鳥居
参道
厳かな参道
波多志神社
伴直真貞祀る波多志神社
随神門
随神門
随神
随神
随神門
随神門から拝殿をのぞむ
拝殿
拝殿
狛犬
狛犬
ヒイライ石
創建当時の石祠と伝わるヒイライ石
本殿
慶長12年再建の本殿
本殿
本殿
神池
神池
社叢
深々とした社叢

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境内社

表参道の杉並木中央に波多志神社が鎮座している。祭神は、貞観7年(865)に浅間明神を祀った初代祝の伴直真貞。

波多志神社
波多志神社

拝殿前左手に稲荷社(奥津彦命、稚産霊神、倉稲魂命、保食神、興津姫命)と合祀社がならぶ。合祀社の神社・祭神は次のとおり。若宮稲荷神社(倉稲魂命、少彦名命)、白滝大神社(栲幡千々姫命)、上山神社(大山祇命)、子神社(岡象女命、大国主命)、八雲神社(素戔鳴尊)、御坂天神社(菅原道真)、産屋崎神社(彦火々出見尊、鵜草葺不合命、豊玉姫命、玉依姫命)、下山神社(大山祇命)、社宮司神社(土坤填安命)、疱神社(少彦名命、大己貴命)、川戸頭天神社(菅原道真、少彦名命)、愛宕社(火具土神)、駒形神社(駒形神)。

本殿の右手から裏手にかけては出雲社、諏訪社、山神社、山宮神社(大山祇命)が点在している。山宮社は往古、神域後方の尾根上に鎮座し、奥の院と称した。旧地は火打場と呼称される。

境外社

河口湖畔の産屋ヶ崎に産屋ヶ崎神社が鎮座。祭神は本社祭神(木花開耶姫命)の子供夫婦である彦火火出見命、豊玉姫命。本社裏手の山中には姑神である栲幡千々姫命を祀る母の白滝神社。古来、富士道者の身禊の場だった。

母の白滝神社
母の白滝神社
稲荷神社と合祀社
稲荷神社と合祀社
出雲社
出雲社
諏訪社
諏訪社
山神社
山神社
山宮神社
山宮神社
産屋ヶ崎神社
産屋ヶ崎神社
参考文献 境内掲示板、公式リーフレット、甲斐国河口郷延喜式内明名神大社浅間神社正史『創立関係編』、甲斐国志、明治神社誌料、淺間神社の歴史、日本社寺大觀神社篇、全国神社名鑑、富士をめぐる、神詣で、山梨県史、山梨百科事典、角川日本地名大辞典、日本歴史地名体系
(フォト最終撮影日:平成22年11月20日)
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