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浅間神社巡拝ほか

11月20日(土)。晴れ。

前日、文化審議会が富士山を国史跡に指定するよう文科相へ答申。事実上、富士山の史跡指定が決まった。「史跡富士山」の構成資産は、山頂信仰遺跡、富士山本宮浅間大社、村山浅間神社、山宮浅間神社、須山浅間神社、冨士浅間神社、北口本宮冨士浅間神社、河口浅間神社、冨士御室浅間神社、吉田口登山道。

記念に、資産に含まれている8つの浅間神社を巡拝することにした。富士山南東麓の須山を皮切りに、反時計回りに富士山を回りつつ各社を参拝した。

  • 参拝リスト
    • 須山浅間神社
    • 冨士浅間神社(須走)
    • 北口本宮冨士浅間神社
    • 冨士御室浅間神社
    • 河口浅間神社
    • 山宮浅間神社
    • 村山浅間神社
    • 富士山本宮浅間大社
    • (19日)日吉浅間神社
    • (19日)子安地蔵尊
    • (19日)義盛神社
    • (21日)西山本門寺

富士山

富士山
9時。東口(須走)から
富士山
11時。北口(吉田)から


須山浅間神社

参道
社殿

静岡県裾野市須山722。主祭神:木花開耶姫命、旧社格:郷社。富士山須山口登山道の登山口に鎮座し、「南口下宮」と号する。社記によると、景行天皇の御代(71~130)日本武尊が奇瑞によって創祀。欽明天皇13年(552)蘇我稲目宿禰が再興、天元4年(961)平兼盛が修理したとする。戦国期は甲斐武田氏、江戸期は小田原藩から崇敬された。(08:01) >>詳細はこちら

最初の目的地は、富士山南東麓の須山浅間神社。

境内に着くと、地元の方が社叢の手入れをしていた。一声挨拶を交わし、じゃまにならぬよう素早く参拝。ここをお参りするのは4度目。最後の参拝は平成20年3月だから、もう2年半以上前になる。ざっと見回したところ、境内に変化は見られない。相も変わらず老杉に抱かれ、清々しい空気に満ちていた。



冨士浅間神社(須走浅間神社)

平成20年
平成20年
参道
社殿

静岡県駿東郡小山町須走126。主祭神:木花開耶姫命、旧社格:県社。富士山須走口登山道の登山口にあり、「東口本宮」と号する。社伝によると、延暦21年(802)の富士山噴火時に鎮火祭事が行われた跡地に、大同2年(807)社殿が造営されたという。一方、江戸期は空海開闢と称し、「弘法寺浅間宮」とも号した。小田原藩主の崇敬があつかった。(08:54)

2社目は小山町の須走浅間神社。

こちらは2年ぶり。前回参拝した時は社殿を解体修理していたが(写真上段)、今回は新装成った美しい社殿を拝観できた。この社殿は宝永大噴火で大破後、享保3年(1718)に再建された権現造り。また境内の紅葉がちょうど見ごろを迎え、随所で風情ある景色を堪能できた。未収集だった御朱印もGET。



北口本宮冨士浅間神社

七五三
境内社

山梨県富士吉田市上吉田5558。主祭神:木花開耶姫命・瓊々杵命・大山祇神、旧社格:県社。富士山北口(吉田口)登山道の起点にあり、富士講から崇敬された社。社記は景行天皇40年(110)日本武尊が富士山を遥拝して大鳥居を建て、10年後里人が小祠を建立したとする。他方『甲斐国志』は二合目の小室(冨士御室浅間神社)から勧請したと紹介。(11:00) >>詳細はこちら

国道138号で山梨県へ入り、吉田の浅間さんへ。

本年3度目の参拝。杉桧の美林が特長の社だけに、紅葉はあまり見られないが、それでも所々でイチョウやモミジが色づいていた。いつも賑わっているけど、この日は七五三のお参りや観光客が多く、とくに人が多かった印象。



冨士御室浅間神社

101120-1217
101120-1242

山梨県南都留郡富士河口湖町勝山3951、3953。主祭神:木花咲耶姫命、旧社格:県社。富士山2合目に本宮、河口湖畔に里宮が鎮座。本宮は文武天皇3年(699)、里宮は天徳2年(958)創建と伝える。戦国期は「御室」「富士山北室」などと称し、武田氏歴代から祈願所として厚遇された。『甲斐国志』は本宮を「小室浅間」、里宮を「富士浅間」と所載。(12:04) >>詳細はこちら

4社目は河口湖畔、勝山の冨士御室浅間神社。

3年4か月ぶり3度目。晩秋は初めて。ただでさえ華麗な本宮本殿(写真左)そばのモミジが赤々と色づき、まこと華やいだ雰囲気だった。河口湖の紅葉もまずまず。



河口浅間神社

参道
境内

山梨県南都留郡富士河口湖町河口1。主祭神:浅間大神、社格:式内社、旧県社。『三代実録』で官社に列した「浅間明神祠」および『延喜式』所載の「浅間神社」に該当すると主張し、「延喜式内明神大社浅間神社」と号する。中世、歴代領主から信奉され、江戸期は将軍家の祈祷所に。周辺には100軒をこす御師坊が連なり、富士登拝の拠点として賑わった。(13:37) >>詳細はこちら

勝山を辞し、湖対岸の河口浅間神社へ。

初めて御朱印をいただいた。当社にはこれまで2桁ほど訪ねたが、いつも早朝参拝のため、社務所は無人。「いつか機会あれば」と考えていたけど、ついに。御朱印には固執しないタイプとはいえ、いただければやはり嬉しい♪



山宮浅間神社

境内
遥拝
イチョウ
切り株

静岡県富士宮市山宮字宮内740。主祭神:木花之佐久夜毘売命、旧社格:村社。富士山本宮浅間大社の旧跡に鎮座。その関係から、本宮摂社のなかで最も尊重され、以前は年2度、本宮から祭神が里帰りする御神幸が行なわれた。神主は本宮社人・山宮太夫の兼務。本殿は備えず、遥拝所から神奈備である富士山を仰ぎ、祭祀を行なう古めかしい形態。(15:10) >>詳細はこちら

イチョウがない!!!

以前は一の鳥居そばにイチョウがあり(写真・下段左)、晩秋は参道に黄金色のじゅうたんを成していた。ところが、じゅうたんはおろか、木そのものがなくなっている。ふと地面を見ると、切り株がぽつん……。

去年は確かにあったけどなぁ、いつ切られちゃったんだろう。あー、ショック。



村山浅間神社

大日如来
大日如来

静岡県富士宮市村山字水神1151。主祭神:木花之佐久夜毘賣命、旧社格:県社。富士山表口の旧登山道(村山口)入口に鎮座し、「富士根本宮」と号する。江戸期まで表口登山道を管掌していた富士山興法寺(村山修験)の主なる堂社のひとつ。明治期の神仏判然令により神道に属したが、今でも同一境内に大日堂(単立)と並び立ち、神仏習合を色濃く残す。(15:25) >>詳細はこちら

7社目は村山浅間神社。

山宮のイチョウでショックを受けたせいか、村山に着いてすぐトラブルが発生。幸い(?)、ごく些細なことだったけど、おかげで神社の写真撮影を失念してしまった。

とはいえ写真がないのも寂しいので、そのあと立ち寄った郷土資料館に展示されている村山所蔵の大日如来像を掲載しておく。左は木製(市文)、右は銅製(厨子付)。



富士山本宮浅間大社

境内
透塀

静岡県富士宮市宮町1-1。主祭神:浅間大神、社格:式内社、駿河国一宮、旧官幣大社。富士山を崇める浅間神社の総本宮。富士山を神体山とし、山頂には奥宮が鎮座。太古、富士山麓で創祀され、山宮を経て大同元年(806)に現在地へ遷座した。朝廷・武家からあつく崇敬され、江戸期は神領1,129石余。徳川家康再建の本殿(浅間造)は国重文。(16:07) >>詳細はこちら

ラストは浅間神社の総本宮、富士山本宮浅間大社を参拝。トラブルはあれど、どうにか巡拝を終えられたことを深く感謝。

薄暗くなってきた時間ながら、まだ七五三のお参りがあったりと人影は多し。境内のイチョウは見ごろを迎え、本殿そばのモミジもだいぶ色づいていた。





11月19日(金)。快晴。昼休みに参拝。

日吉浅間神社

境内
水盤

富士市今泉上和田1436。主祭神:木花咲耶姫命・大山咋神、旧社格:村社。下方五社のひとつ。江戸期まで下方五社の別当職をつとめた下方五社跡に鎮座し、俗に「トウセンゲン」。今川・徳川氏ら権勢者から崇敬され、今川氏親は日吉社再建に尽力した東泉院を称えており、徳川家康は慶長20年(1601)に奉幣したという。江戸期は神領15石9斗。(12:23) >>詳細はこちら

昼休み、カメラ片手にのんびり散歩。まずは大好きな日吉浅間神社へ。



子安地蔵尊

手拭
半鐘

富士市今泉8-6-2。旧東泉院境内にある。本尊は唐金造りの子安地蔵菩薩で、伝承によると建久元~2年(1190~91)に2年続けて洪水で流されてきた、あるいは元享元年(1321)和田川の淵に現れた。安産・子育てに霊験あらたかと尊信され、8月8日の大祭は賑わう。(12:34) >>詳細はこちら

続いて子安地蔵尊をお参り。



義盛神社

遠景
社殿

富士市今泉1379。主祭神:和田義盛、旧社格:無格社。俗に義盛さん。富士川の合戦のおり付近の警備を担当した和田義盛は、東泉院付近に本陣を敷き南側の川に逆茂木をしかけた。のち里人は義盛を土地の守護神として祀り、付近を和田、川を和田川と名付けた、と伝わる。(12:39) >>詳細はこちら

最後に義盛神社。これが昼の散歩の定番コース。





11月21日(日)。快晴。西山本門寺でイチョウ観賞。

富士山本門寺(西山本門寺)

本堂
黄葉

静岡県富士宮市西山671。宗派:単立、本尊:大曼陀羅。開山は日興の高弟日代。日代は重須本門寺を継承したが、地頭石川氏と対立。康永2年(1343)重須を離れて西山へ移り、領主大内氏の寄進により西山本門寺を建立した。常子内親王の帰依を受け、下馬下乗の禁札を許されたほか、武田・原・水戸徳川家など諸武家から外護された。朱印領21石余。

恒例としている西山本門寺のイチョウ観賞に出かけた。

例年、同じ頃に訪ねているものの、色づきはまちまち。3年前はちょうど良いあんばいで、2年前はすっかり落葉、去年はまだ7分だった。今年は、ちょうど見ごろ。変色しきれないまま落ちた葉も多かったが、全体的な色づきは十分で、枝葉と落葉のバランスも良好。んー、眼福。

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