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犬山を巡る(3)

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11月4日(土)。曇り/晴れ。

尾張国の北辺、国宝犬山城を擁する犬山市を訪ねた。メインは犬山城&城下町観光だが、界隈の神社仏閣にも立ち寄ったので、一緒に記録しておく。

成田山名古屋別院大聖寺

遠景
明王門

犬山城のあとは、尾張国二宮の大縣神社を参拝予定だったが、その前にちょっと寄り道。犬山城で一帯を眺望したとき、東方の丘陵中腹に大規模な建築群がみえた。地図を広げると「成田山別院大聖寺」とある。どうにも気になり、行ってみたくなったのだ。

白山平に甍ならべる

ナビにしたがい犬山城から細道を東へゆき、県道を渡り、線路を越え、さらに走ると左手に寺域が現れた。地図によればこの丘陵は、白山平という。先に参拝した針綱神社が犬山城築城のさい遷座した地は、この辺りらしい。

広い境内に、新しく大きい堂宇。犬山城から眺めたときも大きく感じたが、実際にその場に立ってみると一層壮大だった。総体的にきれいで、「厳かさ」や「線香っぽさ」といった寺独特の"におい"はなく、どちらかといえば整備された公園のよう。

寺域は山の傾斜を生かし、しだいに空へ向って上っていくかたち。まず参詣者を迎えるは、朱塗りの大きな楼門。「明王門」というらしい。豪壮な建物で、威圧的にたたずんでいる。楼門をぬけると開放的な広場があり、左手奥に立派な祈祷殿がたつ。交通安全の祈祷を待つ乗用車が、ずらりと並んでいた。

祈祷殿の右手に天をつくような長い階段が設けられ、青々とした空へ近づくように上っていくと、段上に本堂が建っている。本堂前の蓮華台からは濃尾平野を一望。高台だけに眺望はすばらしく、犬山城が同じような目線の高さで見えた。

昭和28年に開創

成田山名古屋別院大聖寺は、真言宗智山派の大本山・成田山新勝寺(千葉県成田市)の別院。本尊は不動明王。

開創は昭和28年11月と新しい。さかのぼること17年、新勝寺の開山1千年祭奉修に先立ち成田山名古屋奉賛会が結成されたが、戦争のあおりで解散。戦後再結成し、名古屋鉄道などの後援により別院建立を発願。28年11月3日、新勝寺より本尊不動明王の分身を勧請し、入仏落慶法要を修した。

よって堂宇他はいずれも新しく、本堂は昭和28年、新生大仏は30年、鐘楼堂は33年、明王門は38年、大師堂は57年、聖蘭堂は平成5年に建立された。

【寺名】成田山名古屋別院大聖寺(だいしょうじ) 【所在地】愛知県犬山市犬山白山平5 【宗派】真言宗智山派 【本尊】不動明王 【創建】昭和28年

明王門
明王門
酒樽
明王門の下に酒樽ならぶ
祈祷殿
祈祷殿
階段
本堂へ続く階段
本堂
本堂
犬山城
蓮華台からの眺望
聖蘭堂
聖蘭堂
鐘楼堂
鐘楼堂
大仏
新生大仏

大縣神社

境内
 

尾張富士(小富士)に対し、大富士と称される本宮山(標高293m)の西麓に鎮座する尾張国二宮。祭神は大懸大神。社伝によれば、古くから本宮山頂に祀られ、垂仁天皇27年(前3年)現在地へ新宮を営み遷座。山頂には奥之宮が鎮座し、大神の荒魂を祀っている。

尾張国開拓の祖神をまつる

祭神の大懸大神は、尾張国開拓の祖神。国狭槌尊や大荒田命などをあてる説があり、こんにちは大荒田命をあてる説が有力となっている。大荒田命は日本武尊3世の孫で、この地方を拓いた邇波県君の祖。西方約33kmの飛地境内地にある青塚古墳(国史跡)は、大荒田命の墳墓と伝えられている。

また境内社の姫之宮は、大荒田命の子玉姫命を祀る。命は建稲種命(尾張氏)の妃となり、2男4女に恵まれた。安産・子授など女性の守護神として敬愛されている。後述の田縣神社の祭神でもある。

史料初見は『続日本後記』で、承和14年(847)に真清田神社(一宮)と一緒に従五位下を授けられた。4年後の仁寿元年(851)には、やはり真清田神社とともに官社へ列格。さらに同3年、貞観元年(859)、同15年と昇叙し正四位下へ。延喜の制で名神大社に列し、『尾張国神名帳』には「正一位大県大明神」とみえる。

社領は楽田480町を有したが、中世までに大部分を失ったと伝える。しかし江戸期になると、尾張徳川家の保護を受けた。藩祖義直が元和8年(1622)136石余を寄進、2代光友は延宝2年(1674)63石余を加増。都合、黒印地200石となった。

社殿は尾張造、本殿は大懸造
拝殿
 

街から外れた神域は、たかだかと育まれた緑樹に包まれ、厳かで楚々とした気に満ちている。はるか社前からゆるやかな勾配が続き、神域奥から本宮山へ登ることができるらしい。

鳥居をくぐり参道をゆくと、正面に朱塗りの姫之宮が鎮座し、その手前左側に黒く染まった檜皮葺きの拝殿が建つ。女神を祀るにふさわしい華やかな姫之宮と、重厚な切妻・妻入屋根が風格を漂わせる拝殿は、着飾った娘と、恰幅のいい厳父を思わせる。裏手には梅園があるものの、冬枯れていて殺風景だった。

大縣神社の社殿は、藩主光友が寛文元年(1661)に再建した。本殿は正之御殿・渡殿・内殿が1つになった三棟造(大懸造)という特殊様式だが、樹木に隠れてよく見えない。本殿と祭文殿・東西回廊は国重文。その前方に位置する拝殿と一体となり、尾張造と呼ばれるこの地方独特の社殿配置をみせている。

安産・子授の神として崇敬される姫之宮は、一抱えある大きな姫石を祀っている。いわゆる陰物である。写真撮影はばかられたが、ブログの趣旨的にそうとも言っていられないので、失礼して1枚。3月の豊年祭は、陰物をまつる奇祭として有名らしい。

【社名】大縣神社(おおあがたじんじゃ) 【所在地】愛知県犬山市字宮山3 【主祭神】大縣大神 【例祭】10月10日 【社格】式内社(明神大)、尾張国二宮、旧国幣中社、別表神社 【神紋】丸に九枚 【備考】本殿・祭文殿・東西回廊(国重文)

鳥居
鳥居
参道
参道風景
池
神池
境内
境内風景
拝殿
拝殿内
本殿
三棟造(大懸造)の本殿
姫之宮
姫之宮
姫石
姫石(陰石)

田縣神社

鳥居
 

大縣神社を最後に、帰郷する予定だった。しかし日の傾き加減から、あと1か所は寄れると判断。ナビで検索すると、いくつか社寺が示され、2km足らずの地に「田県神社」がある。帰りの道筋にあたるし、参拝することにした。

大男茎形を奉納

街中の一角、交通量の多い往来に面している。きれいに整った明るい参道をゆくと、突き当りに授与所、その右側に社殿が建つ。と、ここまでは変哲もない風景。ところが社殿内をみたとき、度肝を抜かれた。すこぶる立派な「陽物」が、小ぶりな神輿を貫いている――。

脇の案内板に、「古来より当社には男茎形をお供えする風習があり」。さらに「豊年祭」に関する記述があり、「長さ2・5m程の大男茎形を神輿に担ぎ」云々。ああ!、TVで見たことがある。あれか。あの映像はインパクトがあって、忘れられない。もっと西の方、関西か四国の社だと思い込んでいたが、ここだったか。

奥宮参道
 

社殿に「撮影禁止」とある。御朱印を頂いたさい、“仲良し3人組”といった風の巫女さんたちに確認すると、境内や社殿を撮るぶんには構わない、と承諾をいただいた。なるほど、みな陽物を撮影したがるのね。無理もない。

本殿を撮ろうと側部にまわると、奥に「奥宮」が鎮座していた。こちらにも陽物が祀られている。しかもたくさん。さらに、本殿後ろには「珍宝窟」なるものまであった。いやはや、徹底している。陽物を祀る社をお参りしたことはあるものの、ここまですごいのは初めて。でも、卑猥な感はないからふしぎ。やはり神聖なものだし、どれもこれも姿がいい。

式社の田県神社か

田懸神社は、『延喜式』に載る「丹羽郡 田県神社」、『尾張国神名帳』の「従三位上 田方天神」に比定される古社。ただし現在地は近世、春日井郡に属したので、郡境が変化したか、あるいは遷座したか。このあたりは判然とせず、根拠を欠くという。

祭神は御歳神、玉姫命。

一説に現在地は大荒田命の邸跡の一部といい、古くから御歳神が祀られていた。大荒田命は日本武尊3世の孫で、この地方を拓いた邇波県君の祖。先にお参りした大縣神社の主祭神と目されている。

玉姫命は大荒田命の娘で、夫は尾張国造乎止与命の子建稲種命。夫を亡くしたのち実家(現在地)に帰り、父を助けて郷土開拓に励んだ。その功績を慕われ、合祀されたという。大懸神社境内社の姫之宮でも祀られている。

陽物を祀るのは、『古語拾遺』の御歳神条に見える「男茎形を供えた」故事に基づく、あるいは一方の祭神である玉姫命が女神であるから、などといわれる。

3月15日には、豊作を祈願する田遊び「豊年祭」が行われる。直径60cm、長さ2m余りの大男茎形(桧製)を奉製、それを厄男たちが御輿に担いで奉納し、万物育成や豊年を祈念するという。メディアにたびたび取り上げられる著名な神事である。

【社名】田縣神社(たがたじんじゃ) 【所在地】愛知県小牧市田県町152 【主祭神】御歳神、玉姫命 【例祭】3月15日 【社格】式内社、旧郷社 【神紋】五七の桐

境内
境内風景
手水
手水舎
境内
境内風景
拝殿
拝殿
拝殿
拝殿向拝
奥宮
奥宮参道
奥宮
奥宮
珍宝窟
珍宝窟
参考文献 境内掲示板、大縣神社のご案内、田縣神社参拝の栞、観光パンフレット、全国寺院名鑑、全国神社名鑑、日本歴史地名体系、角川日本地名大辞典、日本の神々神社と聖地、神詣で、日本社寺大觀神社篇、式内社の研究、社寺縁起伝説辞典、神道事典、明治神社誌料、神社辞典、神道事典、全国神社大要覧

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