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開富山保泉寺

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名称保泉寺ほうせんじ [山号:開富山かいふさん
所在静岡県富士市吉原4-2-41
宗派曹洞宗本尊阿弥陀如来
創建慶長16年(1611)開基公蕃高和尚
開山太室存道和尚本寺原田永明寺
寺紋井桁に山桜鎮守中河原山神社
交通岳南鉄道吉原本町駅より徒歩8分 駐車可能
  1. 由緒
  2. 境内概要
  3. 写真
  4. 末寺
  5. 関連リンク・参考文献

将軍上洛の休憩所に

井桁に山桜

東海道吉原宿にある禅刹。山号ははじめ「海富山」、いまは「開富山」と号する。江戸初期に元吉原で開かれ、宿の移転にともない現在地に移った。元吉原宿時代は境内に御茶屋御殿があり、将軍上洛のさいに休憩所となった由緒を伝える。

草創と御茶屋御殿

縁起によれば、開創は江戸初期の慶長16年(1611)3月15日。原田永明寺7世太室存道が、東海道吉原宿(元吉原)で創建した。旧地は鈴川砂山(木之元神社の南辺り)とされる。

ただし、それ以前から寺――あるいはそれに代わる庵など――はあったらしく、徳川家康が関ヶ原の戦いの道すがら立ち寄った、と伝えられる。また2代秀忠や3代家光も上洛のつど寺内の御茶屋御殿で休んだという。

家康や秀忠の休憩は史料にないものの、家光に関しては『大猷院殿御実紀(徳川実紀巻125)』で述べられ、寛永11年(1636)の上洛のおり6月25日に「吉原」で休憩している。『江戸幕府日記』を孫引くとその時、当所の住持が膳を献上した礼に銀子10枚を拝したという。保泉寺の名こそ見えないが、同寺の僧と考えて構わないだろう。

吉原宿の所替え

吉原宿(元吉原)は高波・漂砂を避けるため、寛永16年(1639)に依田橋付近(中吉原)へ所替えした。このとき、宿場機能とともに神社・仏閣も移転したが、保泉寺は御茶屋御殿があったため認められず、元吉原にとり残された。

数年後、建物が漂砂で埋没。寺社奉行に改めて願い出たところ、中吉原に4反歩の朱印地を与えられ、移転を果たした。

下って延宝8年(1680)閏8月、吉原宿(中吉原)は台風による高潮で押し流された。翌年から吉原本町の地(新吉原)へ所替えがはじまり、保泉寺も元禄2年(1689)現在地へ移転した。

新吉原時代

江戸中期の享保20年(1735)、7世心月洪宗が中興。宝暦6年(1756)火災で堂宇・古文書などをことごとく失ったが、明和5年(1768)9世関文透宗の代に再建、旧観に復した。

このころの『延享度曹洞宗寺院本末牒』を引くと、服織洞慶院の孫末、原田永明寺の末寺に列し、「除地高3反3畝歩 行之派 末寺三箇寺 駿河國富士郡吉原町 保泉寺」と載っている。

下って江戸後期の地誌『駿河記』『駿河志料』『駿河國新風土記』には「海富山」の山号で載る。

『駿河記』は「御殿地附28畝歩 此御殿地附は御上洛の時、境内に御茶屋御殿建しに依て被寄せ之と云云」と紹介し、『駿河志料』は「御殿地1石1斗9升」と付記している。また『駿河志料』は鎮守として「山神 神明 白山(3社相殿)」を載せている。

明治期以降

明治19年の『寺籍財産明細帳』では、境内455坪、本堂(茅屋)6間×7間3尺、仮庫裡(板屋)3間3尺×3間3尺、総門(瓦屋)、東司(茅屋)2間×2間、観音堂(板屋)本尊聖観音菩薩・建物2間×2間3尺の規模。末寺として立安寺が載る。

下って大正3年(1914)に本堂を再建、昭和43年に庫裡を改築し、同56年に屋根を葺き替えた。

山門扁額は沖六鵬揮毫

岳南鉄道吉原本町駅で降り、吉原宿跡たる吉原本町通りを西進する。約7~8分歩くと、東海道と大宮街道が分岐する辻にさしかかり、これを北の路地に折れると保泉寺が現れる(東海道は南へ折れ、大宮街道は西進)。界隈には酒場が軒を連ねている。

黒味をおびた山門が、狭い路地に東面して建つ。ごく素朴な薬医門で、こげ茶に白地で「保泉禪寺」と書した扁額を掲げている。揮毫は、昭和期の書家沖六鵬。山門のかたわらにはやや小ぶりな六地蔵がならび、赤い頭巾を仲よくかぶっていた。

山門扁額
山門扁額。書家・沖六鵬の揮毫

境内の中央にマキの木が印象的にそそりたっている。青々とした葉を茂らせ、根もとに十二支の愛らしい石像たちを配す。南側に目を移すと、境域の壁ぞいに無縁塔や前田緑郎の狂歌碑がある。

「誰も知れ 此世の尻の仕舞には 屁よりももろく きゆる玉の緒」

本堂
マキの木と本堂

本堂や山務所は、マキの北側に南向きで建つ。本堂は大正3年(1914)に再建された寄棟造り。蟇股に竜、手挟みに鶴、木鼻に獅子の彫刻をあしらっている。向拝の扁額「開富山」は總持寺玄宗、建物内部の「転法輪」は永平寺泰禅の揮毫だという。

本堂
寄棟造りの本堂
扁額
本堂扁額
境内風景
山門
山門
六地蔵
六地蔵
境内風景
境内風景
マキの木
中央にマキの木
石像
マキのまわりに十二支の石像
狂歌碑
前田緑郎の狂歌碑
本堂
本堂
庫裡
山務所・庫裡
木鼻
本堂木鼻の獅子
手挟
本堂手挟の鶴

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江戸中期の『延享度曹洞宗寺院本末牒』を引くと、当時の保泉寺末寺は次の3か寺。寶福寺と向富山清松院(本尊/聖観音)は明治初年までに廃され、こんにちは立安寺のみ存続している。

  • 除地5反4畝3歩 駿河國富士郡吉原町 立安寺
  • 除地4畝20歩 駿河國富士郡依田原村 寶福寺
  • 除地2反11歩 駿河國富士郡大野新田村 清松院
芙蓉山立安寺
立安寺

寛永2年(1625)、保泉寺2世吟守が江戸の材木商とともに「芙蓉山龍安寺」として開創。のち吉原宿の所替えにともない現在地へ移転した。江戸期は除地3反7畝。保泉寺の隠居寺的な位置づけだったようす。◆所在地/富士市中央町2-4-31。宗派/曹洞宗。本尊/準提観世音菩薩。

参考文献 田子のふるみち、駿河記、駿河志料、修訂駿河国新風土記、皇國地誌、富士郡吉原町・島田村組合沿革誌、久住山洞慶院史、大富山永明禅寺史、富士市の寺院、富士市の仏教寺院、駿河、東海道吉原宿、全国寺院名鑑、鈴川の歴史、行人塚
(フォト最終撮影日:平成23年10月25日)
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