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芭蕉天神宮

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名称芭蕉天神宮
所在静岡県富士宮市内房字大晦日5820
祭神菅原道真 久我長通
創建伝:建武元年(1334)例祭旧暦1月25日
敷地347坪神紋星梅鉢(社殿)
社格旧無格社備考社殿(旧芝川町文化財)
神徳学問成就、身体健全、家業繁栄ほか
交通JR芝川駅より7.5km 駐車可能
  1. 由緒
  2. 境内概要
  3. 写真
  4. 白髯神社
  5. 関連リンク・参考文献

大晦日の産土神

星梅鉢

大晦日の産土神。大晦日は人の往来もまれな山深い里だが、むかしは由比から大宮、甲州へ至る「塩の道」が通った交通の要衝だった。芭蕉天神宮は塩の道そばに鎮座し、ふるくは疝気、いまは学問・家業繁栄の神として親しまれている。

急逝した久我長通を祀る

建武元年(1334)、右大臣久我長通が後醍醐天皇の勅使として富士山本宮浅間大社へ下向し、鎌倉倒幕の戦勝報告と平安祈願をした。その帰途、長通は大晦日でにわかに仙痛の発作を起こし、付人・里人の看護のかいなく急逝。遺言により祠が建てられ、長通が敬った菅原道真とともに祀られた。これが芭蕉天神宮の起こりという。(『芭蕉天神宮由緒』)

大納言石
発作を起こした久我長通を横たえたという久我大納言石

これは無論、お話の範ちゅうである。史実の久我長通は、暦応3年(1340)12月に太政大臣へ昇り、文和2年(1353)8月27日に没した。死因は赤痢らしい。

一方で江戸後期の『駿河記』は、芭蕉天神宮を「此神疝氣の祈に験ありとて、四方遠近より詣人群集す」と紹介し、「俗説には此祭神は公家衆の古墓也。往古富士郡大宮浅間へ官幣使下向ありし時…」と続けている。同時期の『駿河志料』は、亡くなったのは「やごとなき人」とし、大正期の『内房村誌』『庵原郡誌』は「某卿」と載せている。

このように、江戸の昔から「勅使云々」と伝えられていた。しかし、それが誰であったかは、手元文献では言及されていない。冷やかにみれば、『芭蕉天神宮由緒』は近代、多分に付会された話なのだろう。とはいえ、それほど知名度がある人物ではない「久我長通」が、縁なきところで祀られるとは考えづらい。大晦日と久我家に、何らかの関わりはあったに違いない。

社号標
社号標。揮毫は久我高照門跡

久我家は昭和46年、御神体の鏡を奉納。同59年には創祀650年祭が奈良法華寺久我高照門跡を祭主に行われ、門跡より木彫神体や揮毫掛軸が奉納された。

社号由来

祭神が馬上で薨去したため、はじめは「馬上天神」と呼ばれたが、後世境内に繁茂した芭蕉にちなみ「芭蕉天神」と改められた、とされる。芭蕉は仙痛に良薬ともいう。文化年間に正一位を授かり、正一位芭蕉天神と称した。

目をみはる精緻な彫刻

県道75号の旧道から廻り沢川ぞいの枝道へ折れると、ほどなく沿道の民家は途絶え、鬱然とした山林に吸いこまれる。車のすれ違いも困難な山道だ。これをもくもくと上っていくと、景色に飽きてきたころ参道が現れる。芝川駅から約7.5km、まったく山の中。

遠景
参道から

林間に社号標がたち、きれいな書が刻まれている。揮毫は久我高照尼。祭神の後裔で、奈良法華寺門跡だった。ちなみに参道へ入らず山路をさらにゆくと、「右由井 左天神」と刻んだ古い道しるべがあり、そばに祭神を横たえたという久我大納言石がある。

社号標からしばし進むと赤鳥居があり、そこから下り坂となる。下る参道とは珍しい。下りきったところに拝殿や本殿、神馬舎などが建つ。街からかけ離れているだけあって、まこと静謐だ。(その割りに手入れが行き届き、いつもきれいに保たれている)

水盤
水盤。文政4年9月、由比の人々による奉献

本殿は総欅素木造り。向拝彫刻がすばらしく、芝川町時代は町文化財だった。頭貫や海老虹梁を丸ごと使い、鳳凰や麒麟、竜を大胆に彫っている。近在に類をみない豪壮な出来栄えだ。山深いこの地でよくぞこれだけのモノを造ったものだと、ただ感嘆させられる。

本殿
明治13年再建の本殿。精緻な彫刻が向拝を飾る
麒麟
頭貫の麒麟
境内風景
入口
神域入口
鳥居
鳥居
参道
鳥居をくぐると下りの参道
芭蕉
芭蕉が繁茂
境内風景
境内風景
拝殿
拝殿。嘉永5年再建
灯籠
文政9年建立の灯籠
狛犬
参道狛犬。明治17年
拝殿扁額
拝殿扁額。栗原元大臣揮毫
境内風景
境内風景。中央は社務所
社殿
拝殿と本殿
鳳凰
頭貫の鳳凰
狛犬
神殿狛犬。寛政9年5月生まれ
神馬
神馬
石段
廻り沢川へと下りる石段
馬頭観音
寛政12年の馬頭観音
馬頭観音
文化12年の馬頭観音

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白髯神社

芭蕉天神宮の隣に白髯神社が祀られている。

芭蕉天神宮の境内社なのか、それとも独立した社なのかは判然としないが、ひとまずここで紹介しておく。(祭神不明。白鬚神社は猿田彦大神を祀るケースが多いから、当社も同様だろうか)

白鬚神社
白鬚神社

なお、芭蕉天神宮境内に「猿田彦太神守護所」と刻まれた石碑がある。建立は文政5年(1822)。草になかば埋もれている。

猿田彦大神は「導きの神」や、庚申の主神として知られるが、この石碑は道しるべも兼ねていることから、道案内や交通の神として祀られたようだ。白髯神社とも関わりがあるのかもしれない。

猿田彦
参考文献 境内掲示板、駿河記、駿河志料、内房村誌、静岡県庵原郡誌、芝川町誌、浅間神社の歴史、内房の民俗、志ば川の歴史 史話と伝説、かわのり、季刊わがまち、芝川町の史跡と伝説、月の輪、日本名字家系大事典、京都市姓氏歴史人物大事典、国書人名辞典、鎌倉・室町人名辞典、日本歴史地名体系、角川日本地名大辞典
(フォト最終撮影日:平成23年5月14日)
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