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〔社寺探訪〕日興めぐり

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平成24年4月29日(土)

富士五山を中心に、富士門流ゆかりの日蓮系寺院を思いつくまま参詣した。

あと、開山堂の前に大きな十三重塔が出現していた。昨年奉納されたそう。色合いはまだなじんでいないけれど、姿かたちは堂宇とつりあいがとれていていいあんばい。10年後くらいが楽しみ......
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    • 岩本山実相寺→萱守山妙円寺→小泉久遠寺→重須本門寺(北山本門寺)→大石寺→富士山東光寺→下条妙蓮寺→下之坊→西山本門寺→河合山妙興寺

この日の社寺めぐりは「日興一色」だった。

じつは、朝起きた時点ではどこに行くか決めておらず、いざ車に乗ってから行き先を思案。結局、前夜候補に挙げていた富士五山および富士門流寺院を軸に、思いつくままに参詣することと相成った。

岩本山実相寺
鐘楼
鐘楼
本堂

まずは岩本山実相寺(富士市岩本)。日蓮宗の霊跡本山である。・・・富士五山ではなく富士門流でもないが、富士地域の日蓮系寺院を語る上で外せない古刹なので、やはりここから。6時20分。

実相寺は、山号にもなっている岩本山に伽藍をひろげているお寺。山と一体になった域内の雰囲気のよさは、富士地域のお寺の中でナンバー1だとおもう。

はじめは台密の大寺だったが、日蓮の入山以降、かれの風をしたう住僧が増加。やがて山内が天台派と日蓮派に分かれ、激しい綱引きのすえ、日蓮宗に改宗した。以降、富士市における日蓮宗の中核寺院となっている。

ここを開いたのは天台僧の智印。村山修験の祖末代の師である。岩本山の中腹に、智印が勧請した実相寺鎮守の八所権現がある。本当はお参りしたかったが、往復30分くらいかかるため、今日は断念。また今度。

なお、昨年の静岡県東部地震で本堂の屋根瓦がひどく崩れてたが、いまはすっかり元どおりになっている。

萱守山妙円寺
寺号標
寺号標

実相寺を辞去後、富士五山のある富士宮市へ。道中、五山をめぐる順番を開創順にすべきか、距離が近い順にすべきかで悩み、結局、便を優先して近い順に参詣することに。

というわけで、富士五山最初は小泉久遠寺に決定。・・・っとその前に、久遠寺末の妙円寺(富士宮市小泉)へ立ち寄ることにした。時間は7時ちょうど。ここは、小泉久遠寺を開創した日郷が開いた日蓮宗寺院。日郷は日興の弟子、日蓮の孫弟子にあたる。

妙圓寺は山号を「萱守山」というが、江戸期の文献だと「富士山」で載っている。いつごろかえたのだろうか。

小泉久遠寺
境内
本堂
塔頭

7時15分、小泉久遠寺(富士宮市小泉)に到着。富士五山の一。日蓮宗の本山(由緒寺院)で、山号は富士山。

小泉久遠寺は、上条大石寺日郷が自らの住坊だった塔中蓮蔵坊の組織と機能を小泉郷に移し、そこへ大石寺重宝の曼荼羅や御影などを安置したことに始まるという。

日郷は小泉久遠寺のほか、安房国に保田妙本寺などを建立し、かれの本血脈は保田妙本寺住職が継承。妙本寺と久遠寺は長らく「両山一寺」の関係で、妙本寺住職が久遠寺も兼帯した。

縁起は、日郷の大石寺退出は「大石寺の継承でもめたことが原因」と伝える。また日郷の門流と大石寺は、蓮蔵坊および東坊地の帰属をめぐっても争った。よって久遠寺と大石寺は、富士門流同士でありながら長きにわたって対立関係にあったという。これは大石寺×重須本門寺、重須本門寺×西山本門寺にもあてはまるけど。

江戸期は朱印地40石。塔頭は、江戸後期の『駿河記』に「元十坊今四坊 本承坊 大乗坊 下之坊」とあり、現在は大乗坊のみ。末寺は萱守山妙円寺ほか2か寺。

重須本門寺(北山本門寺)
仁王像
養仙坊
十三重塔
本化垂迹天照大神宮

小泉久遠寺の次は重須本門寺(富士宮市北山)へ。7時40分。富士五山の一で、こちらは日蓮宗の大本山。

重須本門寺は、日興が永仁6年(1298)、地頭石川能忠や南条時光、小泉法華衆、上野講衆の協力により御影堂・本化垂迹天照大神宮・法華本門寺根源の3堂を造営したことに始まる。

以降、大石寺らとともに日興門流の中核寺院として発展。江戸期は朱印50石を有し、安政3年(1856)『諸末寺書上扣』によれば本末合わせて99か寺の規模だった。いまは塔中6か寺をふくめ39か寺(県内23か寺、県外16か寺)。

約2年ぶりの参詣。前回は工事中だった塔頭養仙坊が、ひどくきれいな姿となっていて、あらびっくり。

あと、開山堂の前に大きな十三重塔が出現していた。昨年奉納されたそう。色合いはまだなじんでいないけれど、姿かたちは堂宇とつりあいがとれていていいあんばい。10年後くらいが楽しみ。

最後に境内の本化垂迹天照大神宮も参拝。今日は神社成分が少ないから、ここで充電。 ( ̄∀ ̄)

上条大石寺
三門
御影堂
五重塔
五重塔

続いて大石寺(富士宮市上条)へ。重須本門寺から国道469号を西へゆくとほどなく杉林に突っ込み、それが終わって視界がひらけたところが大石ケ原。大石寺の寺域だ。8時25分。

大石寺は日蓮正宗の総本山で、富士五山の一。日蓮の高弟日興が正応3年(1290)、地頭南条時光の寄進により建立した大寺。

創建以降、日興門流の中核寺院として発展。戦国期は守護今川氏から保護され、門前棟別銭・諸役などを免除された。門前には定期的に市がたち、天文24年(1555)には今川義元から市の諸役免除が保証されている。付近一帯の信仰、経済両面での中心地だったようだ。

こちらも約2年ぶりの参詣。境内にこれといった変化はなく、御影堂もいまだ修復中だった。以前参詣したときは修復作業を見学できたのだけど、この日は見られなかった。まことに残念。

御影堂ショックを引きずりながらも足早に境内を歩き、いそいそと御塔川を渡って五重塔へ。国重文の塔なり。閑寂な杉林に隠れ、ひっそりと屹立している。

相変わらずいいわぁ~。白状すれば、今日の富士五山参詣は、これ見たさゆえだったの。なんていうのかな、もろもろの事情で近代的に「手術」されてしまった同寺にあって、ここだけは別世界というかタイムトラベルした感じというか。

でも、この五重塔、さほど存在を知られていないのよね。富士地域の人に話をふっても「え?そんなのあるの?」って答えがけっこうあったり。実にもったいない。

富士山東光寺
題目塔

大石寺参詣ついでに、周辺を散策。その時、ふと日蓮宗東光寺(富士宮市下条)が近くにあることを思い出し、いってみることに。9時25分。

こちらは3年ぶりの参詣。寺域に変化なし・・・と思いきや、入口部分の立木がなくなっている。ちょっとさびしい景色に。

重須本門寺の『本門寺並直末寺院縁起』によれば、日禅が正応5年(1292)2月、上野藤太夫の屋敷に一宇を建立した。これが東光寺のはじまりという。くだって元徳2年(1330)、日興が母妙福尼の三回忌に際し、日禅に命じて両親の尊儀と一門の墓を移したとされる。

そんなわけで、昔は富士五山に次ぐ名刹とされ、「富士六門跡」と称された――と、どこかで読んだのだけど、本当かしら。出典を忘れてしまったし、ほかの文献には出てこないのよね。

あ、こちらは大石寺の目と鼻の先にあるものの、本寺は重須本門寺。本堂は、本門寺塔中西之坊の本堂を移築したものという。

そういえば、小泉久遠寺の本堂が明治期に焼失したとき、「上野東光寺の本堂を譲り受けて仮本堂とした」らしい。「上野東光寺」はここのことだよね。となると、わざわざ小泉久遠寺に本堂を譲り、その補てんに西之坊から移築したのか。・・・へんなの。

下条妙蓮寺
客殿
表門
妙祥寺

お次は下条妙蓮寺(富士宮市下条)。富士五山の一。現在は日蓮正宗の本山。9時45分。

妙蓮寺の開創は正中元年(1324)。地頭南条時光が、妻妙蓮尼の一周忌に際し邸宅を寺へ改め、開山に日華を招いたという。南条時光は日蓮法華の強信者で、身延山を下った日興を当地に迎え、大石寺重須本門寺の建立にも尽くした人。日華は日興の高弟。

表門・客殿・大庫裏・下庫裏・玄関は市の有形文化財。とくに表門は武家屋敷を連想させる無骨なすがたで、かなりお気に入り。姿かたちだけでなく、多種多様な彫刻もたのしい。

そういえば、吉原妙祥寺の本堂(写真下)は「妙蓮寺の開山堂を買って、本堂として移築した」らしい。妙祥寺は日興門流ではないけれど、なにかしら交流はあったかしら。

下之坊
本堂
かなと蔓

下条妙蓮寺の次は下之坊(富士宮市下条)へ。10時35分。大石寺末頭の日蓮正宗寺院。境内の藤棚が近郷近在に知られているが、まぁこの時期は変哲もない景観ですな。

この界隈は南条氏の下屋敷があった地で、下之坊は、下屋敷の持仏堂に身を寄せていた日興が正応2年(1289)に開創したという。近くに南条時光の墓所がある。現在の本堂は昭和48年再建。

境内の「かなと蔓」(写真下)は、身延山を離れて当地にたどり着いた日興一行の荷を結束していた蔓が根づいたものと伝えられる。ロマンだね。

西山本門寺
イチョウ
御宝蔵

つづいて旧芝川町にゆき、西山本門寺(富士宮市西山)へ。10時55分。富士五山の一、いまは単立寺院。寂びた境内の雰囲気がすばらしく、けっこう頻繁に参詣している。(特に大イチョウがいいのだけど、いまはまだ青葉)

開基は、日興の高弟日代。学識に優れた人で、日興から重須本門寺を継承したものの、地頭石川実忠や衆徒と対立したため、康永2年(1343)に重須を離山。翌年、西山領主大内安清から寺領・堂宇の寄進を受けて西山本門寺を開創した。

そんなわけで重須本門寺と同じく「本門寺」を称し、開創以降、正嫡・寺号相承をめぐり重須と長らく相論を続けることと相成った。

江戸期は寺領21石6斗8升。盛時は塔中30余坊を数え、天明8年(1788)の時点では塔頭26軒、末寺21か寺。また20世日圓が水戸徳川家の出身という縁もあって、同家から外護されたそう。

なお、ここには「織田信長の首塚」があり、毎年11月に「信長公黄葉まつり」が開催される。火縄銃演武などが行われ、けっこう楽しい。

写真下は首塚そばの御宝蔵。なにやら工事中だった。

河合山妙興寺
境内
石曼荼羅

最後に河合の妙興寺(富士宮市長貫)を参詣。11時30分。身延系の日蓮宗寺院である。

身延山を離れた日興は、南条氏に迎えられる前、外祖父河合入道の屋敷に逗留している。縁起によれば、入道の屋敷はこのあたりにあったという。日興は逗留中、現境域でしばしば説法し、のちに弟子日禅に命じて「妙福寺」を建立。両親の菩提を弔ったと伝えられる。

妙福寺は、建武2年(1335)中先代の乱のとき河合の集落とともに焼きつくされ、そのまま廃れてしまった。くだって元禄年間(1688~1704)に日随が再建し、妙興寺と改称した。

境内に、日興が石に爪で曼荼羅を刻んだという「爪引きの石曼荼羅」、説法の際に座ったという「腰掛け石」がある。

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