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小泉久遠寺

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名称久遠寺くおんじ [山号:富士山ふじさん
所在静岡県富士宮市小泉1609
宗派日蓮宗寺格本山(由緒寺院)
本尊大曼荼羅創建建武2年(1335)
開基南条時綱開山宰相阿闍梨日郷上人
末寺4か寺(旧含め17か寺)寺紋鶴の丸
備考境内(市保存樹林)
交通JR源道寺駅より徒歩19分 駐車場有
  1. 由緒
  2. 境内概要
  3. 写真
  4. 塔頭・末寺
  5. 関連リンク・参考文献

富士五山の一

富士山久遠寺は、六老僧日興の高弟日郷が建武の新政期に開いた古刹。小泉にあることから、一般的に小泉久遠寺と呼ばれている。富士山南西麓に点在している日興門流の5本山「富士五山」のひとつで、こんにちは日蓮宗の本山に列している。

鶴の丸
  1. 開創
  2. 中世
  3. 江戸以降
1.開創
日郷の大石寺退出

開基の日郷は、日興大石寺重須本門寺の開山)や日目(大石寺3祖)の高弟。20歳の時に北山本妙寺を開くなど、若いころから才能豊かな人だったようだ。日郷は大石寺塔中蓮蔵坊に住して日目を支え、かれの天奏上洛にも随伴。道中、日目が遷化すると、遺骨を大石寺に持ち帰って下之坊に納めている。

縁起によれば、日郷は日目より大石寺を遺嘱されたものの、日道(大石寺4世)らの激しい反対を受けた。そのため建武2年(1335)、御影や本尊などを携えて大石寺を退出した、とされる。

のちに双方(日郷の門流、大石寺)は蓮蔵坊および東坊地の帰属をめぐっても対立することとなり、約70年のあいだ係争を続けた。

蓮蔵坊
小泉久遠寺と保田妙本寺

大石寺を退いた日郷は、蓮蔵坊の組織と機能を富士郡小泉郷に移したという。これが現在の小泉久遠寺である。小泉には早くから日蓮法華が浸透していたらしく、永仁6年(1298)重須本門寺建立の棟札に、合力として「小泉法華衆」がみえる。かれらが日郷を迎えたにほぼ違いなく、日郷は小泉にあった法華寺を久遠寺に改めたという。

直後、日郷は布教拠点であった安房国へゆき、その地に法華堂(保田妙本寺)を建立。かれの本血脈は、保田妙本寺住職が継承することとなった。そして小泉久遠寺は保田妙本寺と「両山一寺」の関係となり、妙本寺住職が小泉久遠寺も兼帯。住職は保田妙本寺に住み、小泉久遠寺には代官がおかれた。

2.中世
領主の庇護

中世、小泉久遠寺は歴代領主から保護された。

駿河国守護今川義元は天文15年(1546)、寺内・門前を守護不入とし、地子30疋や陣僧飛脚などの諸役を免除。弘治2年(1556)6月には「無縁所」に定め、寺内・門前10軒の棟別諸役などを免除した。子氏真も同様に保護し、朱印を下附している。

今川氏から駿河国を奪った武田信玄は元亀3年(1572)5月、寺域を不入地として保護し、諸役を免除。さらに、武田氏の次に駿河国を領した徳川家康も先例にしたがい、天正13年(1585)12月に寺領安堵を行っている。なお寺領はのちに上小泉村内40石と確定し、江戸幕府終焉まで引き継がれた。

災禍

中世以降、焼失と再建を繰り返している。とくに戦国期は戦火によって大きな被害を受けた。

天文6年(1537)、今川氏と後北条氏の戦火で御堂や客殿を焼失。復興には時間を要し、今川義元から守護不入、諸役免除などの援助をうけつつ、同18年にようやく再建となった。

しかし天正10年(1582)、ふたたび後北条氏の兵火で烏有に帰す。さすがに資金繰りは厳しかったらしく、同18年の15世日侃の書状によれば、「御堂客殿の跡ばかりも申し請けられ弟子1人小者1人にて堪忍候て、広宣流布を待つべく候」といったありさまだった。

下って江戸初期の元和8年(1622)、代官小泉次大夫吉次の助力により御影堂が再建された。

供養碑
東照宮碑と小泉次大夫供養碑
3.江戸以降
江戸期の寺格および規模

江戸期は日蓮法華宗勝劣派の一本寺。年頭に登城総礼の席へ列し、将軍葬祭時は納経拝礼の儀についた。朱印は40石。11代将軍家斉の代の寛政元年(1789)、松平紀伊守を特使に国土平安の祈祷を仰せつかり、寿量品300巻を読誦している。

境内規模は、古くは8万9,700坪あり、そこに総門、黒門、山門、二天門、赤門、出仕門、長屋門が連なり、本堂、客殿、書院、白書院、庫裡、鐘楼堂、天王堂などが建ち並んでいたという。今よりもはるかに大きい。塔中は妙栄坊、蓮蔵坊、本住坊、本浄坊、専蔵坊、教順坊、大恩坊、大乗坊、常照坊、眞行坊、善了坊、慈圓坊の12か坊。

下って江戸末期の『駿河志料』は、「本堂6間4面 影堂、天王堂、釈迦堂、東照宮御神号碑、客殿東西9間南北13間、鐘楼、宝蔵、書院、庫裏、下庫裏、門三ヶ所、黒門、大門」と載せる。塔頭は本浄坊、慈圓坊、大乗坊、善了坊、眞行坊、大恩坊、眞成坊、常照坊、立圓坊の9か坊となっており、多少の変遷があったらしい。

大乗坊
塔頭で唯一現存している大乗坊
本門宗と三派合同

明治9年、小泉久遠寺をふくむ富士門流の8本山(小泉久遠寺、上条大石寺重須本門寺下条妙蓮寺西山本門寺、伊豆実成寺、京都要法寺、保田妙本寺)および関連諸山は、「日蓮宗興門派」を結成。同32年、「本門宗」へ改称した。

本門宗は昭和16年、日蓮宗、顕本法華宗と三派合同を行い、日蓮宗を結成。小泉久遠寺は同宗本山(由緒寺院)となった。なお、関わりの深い保田妙本寺は、昭和32年に日蓮宗を離れ、日蓮正宗へ合流。平成7年、日蓮正宗から独立し、単立寺院となっている。

富士を借景に

昭和中ごろの写真を目にしたことがある。門前から写した1枚で、手前に寺号標がたち、中ほどに黒門、奥に雄大な富士を借景に堂宇が建っていた。参道の左右は一面畑地で、久遠寺をのぞけば建物はほとんどない。「久遠寺のための富士山」と感ずる佳景だった。

現在、参道脇には民家が並び、比すれば窮屈な感は否めない。ただ富士山と黒門は健在で、いまだ写真映えする風景である。なお、中古は黒門のほかに総門、山門、二天門などが連なり、沿道に塔頭12坊が軒を連ねていた(いまは1坊)。さぞ偉観を誇ったに違いない。

黒門
黒門

参道のはてに、小さな建物がある。開山堂だ。以前はここに本堂があったが、明治13年に焼失。そのため上野東光寺の本堂を譲り受けて仮本堂とし、のち開山堂としたらしい。久遠寺は焼失を重ねたため旧観を失い、堂宇は(本山にしては)およそ控えめで、数も少ない。

開山堂
開山堂(仮本堂)

現本堂は、開山堂の手前を左へ入った地にある。姿のいい入母屋造だ。場所からいえば、本来は客殿にあたるのだろう。その右隣に太鼓堂と鐘楼がたち、左奥にゆくと庫裡、本堂裏に古い宝蔵がある。昔はさらに天王堂・釈迦堂などもあったが、再建に至っていない。

境内風景
境内風景
本堂
本堂
境内風景
題目塔
門前の題目塔
寺号標
寺号標
表参道
長い表参道
黒門
江戸期建立の黒門
境内風景
境内風景
開山堂
開山堂(仮本堂)
墓地風景
墓地風景
境内風景
境内風景
鐘楼堂
鐘楼堂
本堂・太鼓堂
本堂と太鼓堂
太鼓堂
太鼓堂
本堂
本堂
本堂
本堂
庫裡
客殿・庫裡
宝蔵
宝蔵

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盛時は末寺136か寺、塔頭12か坊を数えたという。

くだって昭和初期は塔頭・末寺合わせて17か寺となり、こんにちは実質、塔頭1か坊(大乗坊)、末寺3か寺(小泉妙円寺、三ツ沢長遠寺、長泉町円蔵寺)となっている。

参考文献 境内掲示板、駿河記、駿河志料、静岡縣富士郡誌、富士郡村誌、旧富士根村沿革誌、日蓮宗の本山めぐり、日蓮宗寺院大鑑、日興上人日目上人正伝、富士山・久遠寺の歴史、富士門流の歴史重須篇、日本名刹大事典、月の輪、全国寺院名鑑、古寺名刹大辞典、富士宮市史、富士宮市の伝統建築、日本社寺大觀寺院篇、角川日本地名大辞典、日本歴史地名体系
(フォト最終撮影日:平成24年10月14日)
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