スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

下条妙蓮寺

記事本文へ
名称妙蓮寺みょうれんじ [山号:多宝富士山たほうふじさん
所在静岡県富士宮市下条688
宗派日蓮正宗寺格本山
本尊曼荼羅創建正中元年(1324)3月
開基南条時光開山寂日房日華上人
末寺10か寺寺紋鶴の丸
備考表門 客殿 大庫裏 下庫裏 玄関(以上、市文)
交通JR西富士宮駅より北6km 駐車場有
  1. 由緒
  2. 境内概要
  3. 写真
  4. 塔中・末寺
  5. 関連リンク・参考文献

南条時光ゆかりの古刹

多宝富士山妙蓮寺は、日蓮日興の強信者だった南条時光が鎌倉末期に開いた古刹。開基は日興の高弟、寂日房日華。日興の法脈を継ぐ日興門流(富士門流)の本山で、「富士五山」「興門八本山」のひとつ。こんにちは日蓮正宗の本山となっている。

鶴の丸
  1. 草創
  2. 中世
  3. 江戸期以降
1.草創
地頭南条氏

鎌倉期、富士郡上方庄上野郷の地頭は南条氏だった。

13世紀中ごろ、日蓮の風がにわかに興ると、時の南条兵衛七郎、七郎次郎時光親子はあつく帰依。ことに時光のそれはまことに強く、日蓮へしばしば供養の品を届け、熱原法難(体制による日蓮信徒への迫害)が起こったときは信徒たちをかくまった。日蓮はかれの信仰の深さをたたえ、「上野賢人殿」と称している。

日蓮没後、身延山を下った日興を、時光はあつく迎えた。まず下屋敷の持仏堂(のちの下之坊)を一行の寄宿舎とし、正応3年(1290)10月、上屋敷の鬼門にあたる大石ヶ原に大石寺を建立。日興一門に寄進した。また日蓮十七回忌の永仁6年(1298)には、重須地頭石川氏らとともに重須本門寺を建立している。

南条時光の墓所
南条時光の墓所
妙蓮寺開創

下条妙蓮寺は、南条氏の上屋敷跡にある。縁起によれば、時光が正中元年(1324)3月、前年没した妻妙蓮尼の一周忌に際し、屋敷を寺に改めたという。先に「跡」と書いたが、むしろ「屋敷そのもの」といったほうが正しいかもしれない。開山には日興の高弟日華を迎えた。

なお、時光の8男乙若(日相)、9男乙次(日眼)は日華に師事し、乙若は妙蓮寺4代、乙次は5代となった(初代日蓮、2代日興、3代日華)。ちなみに時光の甥日目や外孫の日道・日行は大石寺を、内孫の日伝は小泉久遠寺・保田妙本寺を継いでいる。一党みな熱心な法華信者だったようだ。

2.中世
権勢者の保護

南条氏は鎌倉幕府滅亡以降、次第に衰微した。妙蓮寺にとっては大檀越を失ったことになり、その影響だろうか、室町期の妙蓮寺をうかがう史料はきわめて少ない。ただ、戦国期には権勢者による寺領安堵や諸役免許などの外護を受けた。

古い記録では永禄3年(1560)の清房判物に「上野郷堀内妙蓮寺」とみえ、猿千代丸に住持職や寺地8貫378文が安堵されている。

武田信玄は永禄12年(1569)7月に高札を与え、軍勢の乱妨・狼藉を禁止した。武田勝頼は天正4年(1576)4月、寺家ならびに門前の棟別銭・御普請役の免除し、天正7年(1579)2月、上野郷のうち6貫400文と新増分の寺領を寄進。

徳川家康も同11年10月、妙蓮寺を無縁所と認め、寺内の諸役を免除。同12年3月には寺領1貫865文を新増分として安堵している。江戸幕府からは朱印26石6升8合が認められた。

発展へ

このころ、末寺が多数開創されている。天正18年(1590)、日忠が忠正寺を建立。文禄2年(1592)に下条妙行寺(廃寺)が開かれ、翌3年には日通が曹洞宗西光寺を改宗再興し、蓮光寺とした。

武田信玄が駿河国を奪ったさい、大石寺重須本門寺岩本実相寺など周辺大寺は、その兵火で焼かれた。しかし妙蓮寺は罹災を免れており、そのぶん体力があったようだ。

3.江戸期以降
江戸期

江戸前期も寺運は盛んだったらしく、多数の塔中・末寺が開創された。塔中は円立坊・真光坊・本行坊・宗円坊・蓮蔵坊・心教坊・本正坊・感応坊・実相坊・正行坊などで、末寺は法善寺・妙典寺・常照寺・妙遠寺など。盛時は塔中20か坊、末寺8か寺を数えたという。

ただ、江戸中期からは罹災などの影響により、次第にその数を減らしたらしい。天明6年(1786)の『法華宗勝劣派妙蓮寺派寺院本末帳』は塔頭7軒、末寺7か寺と所載。『駿河国新風土記』は塔頭10軒とし、本妙坊・善応坊・蓮光坊・心教坊・徳玄坊・本行坊・恵光坊・久遠坊 感応坊・性円坊を列記している。

妙蓮寺本体は安永9年(1780)11月28日、物置からの出火で下庫裏・大庫裏・玄関・書院・客殿・表門など、堂宇のほとんどを失ってしまった(塔中の蓮蔵坊・久遠坊・徳玄坊なども)。

直後、下庫裏を移築。さらに寛政9年(1797)4月16日に大庫裏、文化10年(1813)に客殿を再建し、大庫裏と客殿をむすぶ玄関も建立。文政2年(1819)には表門も再建し、伽藍を整えた。

上記5棟は現在、富士宮市文化財に指定されている。

大庫裏
大庫裏
明治以降

明治9年、妙蓮寺をふくむ富士門流の8本山(下条妙蓮寺、上条大石寺重須本門寺小泉久遠寺西山本門寺、伊豆実成寺、京都要法寺、保田妙本寺)および関連諸山は、「日蓮宗興門派」を結成。同32年、「本門宗」に改称した。

翌33年、大石寺が本門宗より独立し、「日蓮宗富士派」を公称。大正元年、「日蓮正宗」に改称した。本門宗は昭和16年、日蓮宗、顕本法華宗と三派合同を行い、日蓮宗を結成した。

妙蓮寺は昭和25年、塔中・末寺とともに日蓮宗を離れ、日蓮正宗に合流。こんにちは同宗本山となっている。

伽藍は市文化財

在所は富士山南西麓の農業地域。付近には田畑がいまだ多く、外にみえる山並みも近く、田舎の開放感に溢れている。寺域後ろにも田が広がり、その向こうに大石寺。存外近い。ここにいた南条氏が、心の頼りとした日興のため、かの地に寺を建てた気持ちが分かる。

下条風景
下条風景

表参道が南から北へまっすぐ通じる。高い立木が道に影を落とし、沿道に古い塔中3坊が並ぶ。はてに御影堂があり、その奥は墓地。歴代もここに眠る。御影堂からやや戻って西に入ると客殿、玄関、大庫裡、下庫裡が並び、客殿前に表門。富士門流独特の伽藍配置。

現在の諸堂は、安永9年(1780)の火災後に再建されたもの。いずれも黒塗りの大きな建築で、古い豪農、あるいは武家屋敷を見るような古格さを感じさせる。ことに表門は無骨。長屋門のような構えに厚い屋根をのせ、四股をふんだ力士のように重々しい。

境内風景
境内風景
表門
表門

御影堂の後ろ約300mの水田に妙蓮尼の墓所があり、近くには子の4代日相らの五輪塔もある。また南西約1kmには南条時光(法号大行)と父母の墓所がある。毎年5月1日、塔中をふくめた住職が信徒とともに墓参し、「大行尊会」が奉修されているという。

妙蓮尼の墓所
妙蓮尼の墓所
境内風景
表参道
表参道
塔中
古い塔中ならぶ
参道
参道
御影堂
突き当たりに御影堂
牡丹
御影堂前に牡丹
日華堂
日華堂
宝蔵
宝蔵
境内風景
境内風景
表門
表門(市文)
表門蟇股
表門蟇股
客殿
客殿(市文)
客殿木鼻
客殿木鼻
玄関
玄関(市文)
境内風景
境内風景
大庫裡
大庫裡(市文)
下庫裡
下庫裡(市文)

より大きな写真で スライドショー を表示
写真一覧 を表示

盛時は塔中20か坊、末寺8か寺を数えたという。

こんにちは塔中7か坊(蓮光坊、心教坊、本妙坊、蓮一坊、蓮二坊、蓮三坊、蓮四坊)、末寺3か寺(上野山法善寺、崇敬山忠正寺、本覚山蓮光寺)となっている。

塔中風景
参考文献 本山妙蓮寺、富士年表、駿河記、修訂駿河国新風土記、駿河志料、皇國地誌、上野村誌、富士郡村誌、静岡縣富士郡誌、日本名刹大事典、富士大石寺案内、大石寺案内、日本仏教史辞典、日蓮辞典、日興上人日目上人正伝、日興上人、富士宮市の伝統建築、富士門流の歴史重須篇、富士宮市の文化財、角川日本地名大辞典、日本歴史地名体系
(フォト最終撮影日:平成24年9月29日)
ブログ内検索
エントリーリスト
最新のエントリー
富士地域 神社・仏閣名鑑


参加中
にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へにほんブログ村 地域生活ブログ 静岡情報へ
特集ぺーじ
富士山 岳鉄でめぐる神社仏閣
村山大日堂と富士山興法寺 富士山東泉院と下方五社
富士横道観音霊場 浅間御子
三股淵 田貫湖
備忘録
過去ログ

2014年 06月 【1件】
2014年 05月 【1件】
2014年 04月 【3件】
2013年 05月 【3件】
2013年 04月 【1件】
2013年 02月 【1件】
2013年 01月 【11件】
2012年 12月 【8件】
2012年 11月 【12件】
2012年 10月 【16件】
2012年 09月 【13件】
2012年 08月 【8件】
2012年 05月 【1件】
2012年 03月 【1件】
2012年 01月 【8件】
2011年 12月 【10件】
2011年 11月 【10件】
2011年 10月 【11件】
2011年 09月 【2件】
2011年 08月 【6件】
2011年 07月 【1件】
2011年 06月 【4件】
2011年 05月 【3件】
2011年 04月 【14件】
2011年 03月 【3件】
2011年 02月 【8件】
2011年 01月 【6件】
2010年 12月 【6件】
2010年 11月 【8件】
2010年 10月 【9件】
2010年 09月 【6件】
2010年 08月 【14件】
2010年 07月 【2件】
2010年 06月 【6件】
2010年 05月 【8件】
2010年 04月 【3件】
2010年 03月 【6件】
2010年 02月 【6件】
2010年 01月 【5件】
2009年 12月 【3件】
2009年 11月 【5件】
2009年 10月 【9件】
2009年 09月 【8件】
2009年 08月 【7件】
2009年 07月 【6件】
2009年 06月 【10件】
2009年 05月 【12件】
2009年 04月 【10件】
2009年 03月 【13件】
2009年 02月 【8件】
2009年 01月 【10件】
2008年 12月 【9件】
2008年 11月 【14件】
2008年 10月 【13件】
2008年 09月 【16件】
2008年 08月 【11件】
2008年 07月 【11件】
2008年 06月 【12件】
2008年 05月 【9件】
2008年 04月 【12件】
2008年 03月 【9件】
2008年 02月 【9件】
2008年 01月 【6件】
2007年 12月 【5件】
2007年 11月 【8件】
2007年 10月 【10件】
2007年 09月 【8件】
2007年 08月 【9件】
2007年 07月 【8件】
2007年 06月 【8件】
2007年 05月 【8件】
2007年 04月 【14件】
2007年 03月 【91件】

リンクサイト
プロフィール
Author:やそば

  • 富士地域(静岡県富士市、富士宮市)の神社仏閣メグラーです。身近な歴史遺産たる「神社仏閣」を介し、郷土の歴史を掘り下げています。
    富士おさんぽ見聞録
    備忘録
    twitter (bot
    画像倉庫
  • 文章・写真などの無断転載を禁じます(必要でしたらご一報ください)。出典を明らかにした上であれば、引用は構いません。
  • お問い合わせは以下からお願いします。
    メールフォーム
    twitter
Twitterもやっています
 
富士山 岳鉄でめぐる神社仏閣
富士横道観音霊場 浅間御子
村山大日堂と富士山興法寺 富士山東泉院と下方五社
三股淵 田貫湖
備忘録
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。