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平維盛の墓

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平安末期に、平維盛という武将がいた。官位は従三位右近衛権中将。父は平重盛、祖父は平清盛で、平氏一門の嫡流にあたる。そんなゆゆしい将の墓(伝)が、富士宮市の山里にある。上稲子の字西ヶ谷戸、山腹の棚田で物静かにたたずんでいる。

  1. 1.平氏の嫡流
  2. 2.上稲子に落ちた維盛
  3. 3.平維盛の墓
  4. 関連リンク・参考文献
1.平氏の嫡流

平維盛は保元3年(1158)、平重盛の長男として生まれた。祖父は平清盛。光源氏に例えられたほど容姿端麗で、「桜梅少将」「小松三位中将」などと呼ばれた。後白河法皇50歳の賀宴では桜の花をかざして青海波を舞い、その様は「露に媚たる花の御姿、風にひるがえる舞の袖、地を照らし天も輝くばかり」(『平家物語』)であったという。

源氏が治承4年(1180)に挙兵すると、若き維盛は同年の富士川の戦い、寿永2年(1183)倶利伽羅峠の戦いなどに平氏の総大将として出陣した。しかし、勢いある源氏に惨敗。以降、平氏一門は坂道を転げ落ちるように崩れ、ついには都落ちを余儀なくされた。

維盛は寿永3年(1184)2月、陣中から離れて高野山で出家。その後、熊野を参詣し、3月末、那智の浦で入水した。享年27。

平家越え
平家越。富士川の戦いの折、平氏はこのあたりから敗走したとされる
地蔵菩薩坐像
平氏が富士川の戦いの戦勝祈願に携帯したと伝わる地蔵菩薩坐像
2.上稲子に落ちた維盛

上記1.は、『平家物語』がつむいだ平維盛の生涯である。

ところが上稲子では、

「維盛は那智の浦で入水せず、そのじつ駿河国富士郡に落ちた」

と伝えている。わずかな家臣をつれ父の代からの領地であった上稲子の山中に隠れ住み、ここでひっそりと亡くなった―と。

関連伝説が近隣の寺院などに散らばっており、それらを繋ぎ合わせるとおおむね次のような話となる。

維盛は佐野主殿らわずかな家臣をつれ、父の代からの領地であった駿河国富士郡に落ちた。そこで旧知の僧以典(平貞能)と再会し、彼のすすめで同郡上野に草庵(のちの千光寺)をむすぶ。その後、父重盛ゆかりの上柚野延命寺に父の牌を納め、峠ひとつこえた上稲子の地に隠棲した。かれの木主は上稲子西光寺(廃寺)に置かれた。

千光寺
柚野延命寺
文献でみる伝説

維盛の上稲子閑居伝説は、江戸期の地誌にも載っている。

『駿河志料』は、上稲子の地を

「古へは人跡稀なる幽辟の地なり、されば出家入道の世を忍びて閑居せんには、然るべき地理なりけり」

と載せ、落人が閑居するにもってこいの地と述べている。

また維盛の墓にも触れ、在所を「文殊の杜」と載せている。文殊については、「後代其霊(※維盛の霊)を文殊といふ」(『駿河記』)とあることから、彼を文殊菩薩として―ひょっとすると人目をはばかり―祀ったのかもしれない。

「文殊の杜」には、墓とともに文殊堂(文殊社)があった。神仏分離後は名を「小松神社」に改めたらしく、大正期の『柚野村誌』にはその名で載っている。祭神はむろん維盛であった(社号は維盛の家系「小松家」によったのだろう)。

ただ、社は戦前の台風で壊れてしまい、以降は文殊堂(文殊社)に復して再出発したらしいが、これも昭和45年の台風で全壊した。いまは跡地が残るのみという。

3.平維盛の墓

維盛が隠れ住んだという上稲子の字西ヶ谷戸、山腹に拓かれた棚田のなかに「平維盛の墓」(伝)がある。

こんにちの墓は天保11年(1840)、村人が領主・旗本松平氏の支援を受けて再建したもの。りっぱな墓石には「平権亮三位中将維盛 覚正院殿如山道誉法師位」と刻まれている。毎年8月初旬、延命寺住職を招いて法要を行っているという。

平維盛の墓
平維盛の墓

なお、上稲子と上柚野のあいだに屹立する峠を「桜峠」という。峠の名について諸説あるが、一説に「落ち延びた維盛が延命寺から稲子に向かった際、桜の杖を刺した」。やや強引なハナシではあるが、それだけ維盛はこの地で愛されているのだろう。

桜峠
維盛の墓から望む桜峠

より大きな地図で 「富士川の戦い」と「平維盛伝説」 を表示
参考文献 案内板、駿河記、駿河志料、駿河國新風土記、柚野村誌、芝川町の史跡と伝説、芝川町の史跡と伝説、芝川町史、上稲子の民俗、かわのり、史話と伝説、角川日本地名大辞典、各社寺頁の参考文献
(フォト最終撮影日:平成24年9月1日)
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