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熱原山本照寺

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名称本照寺ほんしょうじ [山号:熱原山(持栄山)]
所在静岡県富士市厚原489
宗派日蓮宗本尊一尊四士
創建正和元年(1312)開基教行阿闍梨日信上人
開山教行阿闍梨日信上人本寺岩本実相寺
寺紋日蓮宗橘備考カヤ(市天然記念物)
交通JR入山瀬駅より徒歩25分 駐車場有
  1. 由緒
  2. 境内概要
  3. 写真
  4. 関連リンク・参考文献

神四郎の屋敷跡に建立

日蓮宗橘

日蓮門下への弾圧「熱原法難」で殉教した熱原神四郎の屋敷跡に建つ日蓮宗寺院。鎌倉後期、法難殉教者の菩提を弔うために建立され、いまも境内の神四郎廟は香華・香煙が絶えない。

熱原法難

日蓮の高弟日興は、駿河国富士郡を地盤に法華の教線をひろげ、自らが学んだ天台宗実相寺や四十九院の僧たちを多数弟子とした。富士郡下方竜泉寺の日秀や日弁、日禅もかれに教化され、寺に寄住したまま日蓮法華の教えを農民たちに説いた。

この動きに激しく反発した勢力もあった。竜泉寺院主代の行智もそのひとりである。かれは、法華経以外を否定する日秀たちは規律を乱すとして、その住房を収奪し、竜泉寺から追放した。日禅は寺を退出し、日秀と日弁はひそかに寺内にとどまって活動を続けたという。

さらに行智は、日秀らが弘安2年(1279)9月21日、法華信徒の百姓たちを武装させて院主の坊内に打入り、また寺田の作物を勝手に刈り取ってしまった、と幕府に訴えた。この際、信徒農民20人が行智によって捕らえられ、鎌倉に連行された。

日蓮らは無実を主張する申状をもって赦免を求め、幕府は農民たちに「念仏を唱えれば許す」と勧告した。ところが農民たちはこれをかたくなに拒み、かつ題目を唱え続けたため、張本と見なされた神四郎と弥五郎、弥六郎が斬首となり、他の者は禁獄に処された。

竜泉寺

往古は「感應山竜泉寺」と称し、現在の富士市入山瀬、金刀比羅宮が鎮座している辺りに甍を並べていた。熱原法難のころは天台・真言兼学の巨刹だったが、のち日蓮宗に転じ、室町期に駿府(静岡市)へ移転して「常住山感應寺」となった。

金刀比羅宮
滝泉寺金堂跡と伝えられる金刀比羅宮(入山瀬)
本照寺の開創

本照寺は熱原法難で殉教した熱原神四郎の屋敷跡にたつ。寺は鎌倉後期の正和元年(1312)、法難殉教者の菩提を弔うため岩本山実相寺日源の弟子教行阿闍梨日信によって建立され、日源から「持栄山本照寺」の寺号が与えられた。日信は富士郡下方・川久保室伏家の出で、神四郎の縁者だったという。

日信に後継はいなかったらしく、かれが貞治元年(1362)に入寂すると本照寺は中絶した。そこから時代は大きくくだり、江戸初期の元和年間(1615~24)に見理院日妙が再興した。のち日妙は谷中感応寺(現天王寺)へ移り、本照寺は日誠が継承。以降、連綿と法燈を継ぎ、現住職は40世になる。(平成24年、法燈継承がなされた)

文献をみると、延享2年(1745)『寺院御改書上扣帳』に「法花宗本寺實相寺末流 駿州冨士郡厚原村 持栄山本照寺」、天明6年(1786)『駿州富士郡岩本實相寺末寺帳』に、「駿州冨士郡厚原村 持栄山本照寺」と載る。ちなみに最近は「熱原山」と号しているらしい。

また江戸後期の地誌『駿河記』などには「持榮山本照寺 日蓮宗 岩本実相寺末 塔頭西之坊」とあり、かつては塔頭があったようだ。

境内に熱原廟

交通量の多い大月線と厚原中通りのあいだに、やや狭い道が通っている。甲州街道(中道往還)と呼ばれる古い往還だ。いまは車の往来も少なめながら、かつては東海道吉原宿と大宮、甲州をむすぶ主要道であった。本照寺はこの往還ぞいに寺域を構えている。

往還から表参道に入ると「遺蹟 本照寺」と刻んだ寺号標があり、山門前の石柱には「熱原神四郎殿邸址とお墓」とある。さらに、朱で塗られた山門を見上げると、素朴な扁額に「加島法難遺蹟」の書(揮毫は身延山79世日慈)。やはり法難一色だ。

山門
山門

廟所は、山門を入った左側にある。冠木門のさきに楚々と整備された一角があり、そこに古びた五輪塔が丁寧に奉られている。昔は弾圧を避けるため、第六天魔王に偽装して祀っていた、という伝承もある。むろん、いまは誰はばかることなく、香華・香煙が絶えない。

熱原廟
熱原廟

墓地を除いた境域はコンパクトで、そこに山門や水屋、鐘楼堂、本堂、庫裏、書院、宝蔵をつめこんでいる。いささか窮屈ながら、手入れされた植栽と石造物(日蓮像や十三重塔など)がいいあんばいに彩りを添え、箱庭のように姿は良い。水屋そばのカヤは市天然記念物。

境内
境内風景
カヤ
カヤ(市天然記念物)
境内風景
遠景
遠景
山門
山門
題目塔
安永7年の題目塔
題目塔
室伏半蔵の題目塔
カヤ
カヤ(市天然)
境内風景
境内風景
本堂
本堂
玄関
玄関
鐘楼堂
鐘楼堂
日蓮像
日蓮像
十三重塔
十三重塔
宝蔵
宝蔵

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参考文献 境内石碑、駿河記、修訂駿河国新風土記、駿河志料、実相寺文書、日蓮宗寺院大鑑、鷹岡村史、鷹岡町史、富士市史、富士宮市史、芝川町誌、富士市の仏教寺院、富士市の寺院、富士市の神社、丘の道歩いてみれば、文化財めぐり、全国寺院名鑑、日本名刹大事典、鎌倉室町人名事典、日本仏教史辞典、仏教辞典、佛教大事典、日本歴史地名体系、角川日本地名大辞典
(フォト最終撮影日:平成24年10月14日)
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