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岩本山実相寺

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名称実相寺じっそうじ [山号:岩本山がんぽんざん
所在静岡県富士市岩本字山道1847
宗派日蓮宗寺格霊跡本山
本尊十界曼荼羅創建久安年間(1145~50)
開基鳥羽法皇勅願開山智印法印
寺紋日蓮宗橘鎮守八所権現、七面堂
末寺15か寺
備考一切経 実相寺一切経堂七福神 実相寺仁王像(以上、市文)
交通JR竪堀駅より徒歩18分 駐車場有
  1. 由緒
  2. 境内概要
  3. 写真
  4. 年中行事
  5. 末寺・塔頭
  6. 関連リンク・参考文献

『立正安国論』起草の名刹

梅の名所として知られる岩本山の南麓から山腹にかけて、実相寺の伽藍が甍を並べる。石段つづく境内は高低差があり、進むにつれ山寺の趣が濃くなる。ここは平安末期に開かれた古刹で、いまは日蓮ゆかりの寺として日蓮宗霊跡本山に列している。

日蓮宗橘
  1. 開創
  2. 鎌倉期
  3. 室町以降
1.開創
鳥羽法皇勅願

開創は久安年間(1145~51)。天台僧・智印が、鳥羽法皇の勅願寺として建立した。当初は天台密教の寺だった。

開創の経緯は、文永5年(1268)8月に鎌倉幕府へ提出された『実相寺衆徒愁状』にくわしい。いわく、智印は岩本の地を"四神の備わった霊地"と考え、里人協力のもと3間四方の御堂を建立。「実相寺」と名付け、鳥羽法皇に奏上した。

法皇は実相寺建立の奏上を受けるや、領家藤中納言に烏瑟尊像を奉じさせ、中納言は水田6町歩を寄進している。

天台系の一大学問場に

開創以降、鎮守の八所権現をはじめ、経蔵・如法堂・中門・廻廊・鐘楼・温室・仁王堂などを建立、急速に境域を整えた。

また円珍が唐より招束した一切経2部のうち1部を格護し(もう1部は天台寺門宗総本山の三井寺)、比叡山とならぶ僧徒の学問場として繁栄。往時は1里四方の寺域に七堂伽藍、49院500坊が軒を連ね、数多の僧が修行していたという。

八所権現
智印が実相寺の鎮守として祀った八所権現社
智印法印

智印は鳥羽法皇の帰依僧で、俗に阿弥陀上人と呼ばれた。『実相寺衆徒愁状』には、三密を修め、戒律をきびしく守り、仏法の隆盛につとめた名僧だったと書かれている。

また同時期、富士山頂に大日寺を建てた末代(富士上人)の行学の師匠でもあった。智印自身、天台密教や修験に明るかったに違いなく、そんなところが修験を厚遇した鳥羽法皇に気に入られたのだろう。

2.鎌倉期
日蓮入山

正嘉2年(1258)ごろ、日蓮が入山。30代半ば、盛年のころである。経蔵で一切経を閲読し、『立正安国論』を起草した。

当時、実相寺には学頭智海(日源)をはじめ、伯耆房(日興)や日持など、のち日蓮の高弟となる僧たちも修行していた。日蓮は経典閲読のかたわら、彼らと交流を深めたようだ。

高座石
日蓮講義の場と伝えられる高座石
日蓮宗へ改宗

日蓮は実相寺を離れた後も、学僧たちと交流をつづけた。建治2年(1276)の書状では智海(日源)の改宗・改名が書かれ、同4年には実相寺豊前公と書状をやりとりしている。

一方実相寺では、日蓮の風に惹かれる学僧が増えた。やがてこの動きは大きなうねりとなり、山内は天台法華派と日蓮法華派に分裂。激しい綱引きのすえ、14世紀初めには全山が日蓮宗へ転じた。

なお、このとき改宗を拒んだ僧たちは、寺宝のひとつ薬師如来像を密に持ち出し四十九院に籠ったが、ほどなくここも日蓮宗に改められたと伝えられる。同寺は実相寺支配の天台寺院で、別院あるいは末寺だったと考えられている。

山田薬師堂
四十九院跡と伝承される山田薬師堂
『実相寺衆徒愁状』と『実相寺住僧等申状』

実相寺の院主は智印以降、法橋禅印、権少僧都道暁と継承された。3代の時、院主の乱行が募ったため、住僧は幕府に院主交代を要請した。対し執権北条泰時は、貞応3年(1224)の下知状で「院主は高齢であるからようすを見る。院主交代のさいは住僧から選任する」ことを約束。

ところが、幕府は約束を違えた。4代院主を住僧から選任せず、他寺の僧を推任。しかも4代院主と院主代は、諸堂の修理を怠り、山内で女会遊宴、富士川で殺生を繰り返し、対立する住僧の房を押領。「修繕のため」と称し、円珍招束の一切経を鎌倉へ持ち出してしまった。

耐えかねた住僧たちは文永5年(1268)8月、幕府へ『実相寺衆徒愁状』を提出。約束を違えたことを批判し、院主罷免を要求した。翌年12月には『実相寺住僧等申状』を送り、院主が須津庄の大納言阿闍梨に渡した重要文書(泰時下知状や寺境界・寺領絵図など)の返還を求めた。

一連の流れは、幕府・他宗批判を繰り返した日蓮と関わりをもった実相寺および住僧たちへの弾圧だった、と考えられている。

3.室町以降
今川氏の保護

室町期は、駿河国守護今川氏の保護を受けた。

建武5年(1338)6月27日の駿河国国宣に「駿河国岩本郷実相寺」とみえ、今川初代・範国は寺務職を法東に与えている。観応2年(1351)2月、鎮守の八所権現社に加島庄給主より今井郷友永名内田地5段が寄進され、文和4年(1355)2月22日に今川2代・範氏がこれを安堵した。

焼失と再興

永禄11年(1568)に駿河国を侵した武田信玄は、同年12月、制札によって実相寺を保護した。しかし結局、武田氏の兵火にかかり、威容を誇った諸堂はことごとく灰燼に帰す。

武田氏は元亀3年(1572)、寺領300緡を安堵し、寺の再建を促した。しかし復興はなかなか進まなかったらしく、本格的な再建が成ったのは慶長年間(1596~1615)のこと。

江戸期

江戸期は日蓮宗の一本寺。寛永18年(1641)、幕府より岩本郷のうちに朱印地6石1斗8升ならびに山林竹木諸役免除を受け、年頭御礼に江戸参府の資格を有した。

延享2年(1745)8月の『寺院御改書上扣帳』によると、当時は塔頭9軒、末寺15寺。天明6年(1786)9月の『駿州富士郡岩本實相寺末寺帳』では塔頭10軒、末寺15寺だった。

岩本山南麓から山腹に甍ならべる

水神の森から北へゆき、雁堤を歩くこと約15分。ぼた餅のような山容をみせる岩本山(標高193m)の南ふもとに、「安国道場」の扁額を掲げた総門が建つ。そこから山頂にかけて、大小さまざなな諸堂が甍を並べている。富士市きっての広大な寺域だ。

総門をぬけ表参道をまっすぐ歩くと、古びた仁王門につく。武田信玄の兵火で焼失後、江戸前期に建立された楼門だ。左右で睨みをきかせる仁王像は高さ2.41m、筋骨隆々の堂々たる体躯。富士地区の類例中最も古く、かつ秀逸な像である(富士市文化財)。

仁王像
仁王像(富士市文化財)

仁王門の先に鐘楼堂・釈迦堂・書院・庫裡などが並び、石段を上った高台に本堂。かたわらに日蓮像が毅然とたたずんでいる。石段はさらに続き、祖師堂、経蔵、天神堂などを経て、山頂近くに鎮守の八所権現社や七面堂が鎮座。この一帯は黒い林に包まれて山寺の趣。

境内
境内風景
七福神
一切経蔵の七福神彫刻(富士市文化財)

日蓮霊跡だけに、それをしのばせる史跡も多い。経蔵は日蓮が一切経を閲読した場であり、経蔵下の「高座石」は、日蓮が学僧に講義したとき腰掛けたと伝えられる。祖師堂裏の井戸は、日蓮に給仕した日朗が使ったと伝承され、俗に「米とぎ井戸」。

米とぎ井戸
日朗の米とぎ井戸
境内風景
表参道
表参道
方丈池
方丈池
仁王門
江戸前期再建の仁王門
参道
仁王門をぬける
境内
境内風景
鐘楼堂
鐘楼堂
釈迦堂
釈迦堂、書院、庫裏がならぶ
妙法堂
妙法堂
境内
境内風景
境内
境内風景
本堂
本堂
祖師堂
祖師堂
持送
祖師堂の持送
一切経蔵
一切経蔵
天神堂
山腹の天神堂
稲荷
山腹の常経稲荷社

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主な年中行事
日付 祭典名
1月18日 七面堂大祭
2月初旬 節分会
2月25日 天神大祭
4月3日 妙法二神祭
4月28日 開宗会
5月18日 七面堂大祭
6月12日 御更法衣会
8月20日 施餓鬼会
9月18日 七面堂大祭
10月12日 御更法衣会
11月第2土・日曜日 お会式
毎月12日 12日講
毎月25日 天神祭
御会式

現存している末寺は次の15か寺。12か寺が富士市内にあり、山形、東京、長崎に1か寺ずつ。各寺の詳細はこちらを参照

末寺
山寺号 所在地
妙経山 信行寺(末頭) 東京都台東区谷中1-5-7
持栄山 本照寺 静岡県富士市厚原489
妙瑞山 本光寺 静岡県富士市瓜島町170
真如山 実円寺 静岡県富士市三ツ沢320-1
中道山 円妙寺 静岡県富士市中丸550
中野山 園林寺 静岡県富士市中野77
妙経山 長慶寺 静岡県富士市水戸島350
田嶋山 妙福寺 静岡県富士市津田町83-1
妙雲山 栄立寺 静岡県富士市平垣本町11-12
照心山 安立寺 静岡県富士市中島231-1
詮量山 蓮心寺 静岡県富士市蓼原897-1
蓮清山 玄龍寺 静岡県富士市中村町3103-1
仏原山 立光寺 静岡県富士市前田830
岩本山 常在院 山形県東置賜郡高畠町1692
大法山 真乗院 長崎県長崎市蚊焼町1797
参考文献 境内案内板、駿河記、駿河志料、静岡縣富士郡誌、岩松村誌、岩松村地史、日本社寺大觀寺院篇、静岡県仏教会名鑑、富士市史、富士川町史、中之郷地区の史跡、ふるさと富士川、富士市史資料目録、富士市の寺院、富士市の仏教寺院、静岡県仏教会名鑑、日蓮宗寺院大鑑、日本名刹大事典、日本歴史地名体系、角川日本地名大辞典、ふるさとの昔話
(フォト最終撮影日:平成23年5月3日)
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