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米之宮浅間神社

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名称米之宮浅間神社よねのみやせんげんじんじゃ
所在静岡県富士市本市場字古新田582
主神説1.木花開耶姫命
説2.浅間第八御子神 浅間第十八御子神
創建不詳例祭5月2日
社地3,594坪神紋棕櫚の葉
社格旧郷社摂末3社
備考浅間大社元摂社神徳安産・子宝・火難除けほか
交通JR富士駅より徒歩14分 駐車場有
  1. 由緒
  2. 境内概要
  3. 写真
  4. 境内社
  5. 祭礼
  6. 関連リンク・参考文献

加島・岩松・田子浦地区の総鎮守

東海道の間の宿、本市場に鎮座している古社で、加島・岩松・田子浦の総鎮守。近郷では「米之宮」で通る。一帯は門前町として早くからひらけ、地名の本市場は社前・境内に「市」が立ったことに由来している。この地域における信仰・経済の中心地だったのだろう。

棕櫚の葉
  1. 縁起
  2. 神領および供僧
1.祭神および縁起

祭神・縁起は諸説あって定かではない。

旧社司錦織氏の古記録によると、往古は1寸8分の米粒を御神体とした農業神だったという。社名はこれを源とする。白鳳4年(674)に勅使大江長元が参向し、大同年間(806~09)には噴火した富士山を鎮めるため再び勅使参向があり、山霊の木花開耶姫命を勧請して浅間神社になったという。

『駿河記』『浅間神社の歴史』などは木花開耶姫命のほか、配神として国常立尊と大山祇命を載せている。

一方、江戸後期の『駿河国新風土記』は、祭神を『駿河国神名帳』に列する正三位浅間第八御子神、浅間第十八御子神に比定している。いわく、「八」と「十八」を合せると「米」になることから「米之宮」と称されるようになった―と。明治後期~昭和初期の諸文献はおおむねこの説を採用している。

この件について社務所で尋ねたところ、「現在は木花開耶姫命」との返答だった(ただし公式リーフレットは木花開耶姫命と浅間第八御子神・第十八御子神を併記している)。

加島平野第一の社

いずれにせよ創建はかなり古く、加島平野第一の社として敬われてきた。また富士山本宮浅間大社と関係が深く、経緯は不明ながらいつのころか同社摂社に名を連ねている。社司の米之宮禰宜および加島山王社(米之宮の摂社)禰宜は浅間大社総社家に列し、神領は浅間大社大宮司領から配分を受けた。今風にいえば浅間大社の「加島支社」といったところだろう。

ただ米之宮禰宜は他の浅間大社社家とは異なり、浅間大社関係の祭事にはいっさい参加しなかった。また浅間大社も流鏑馬祭に参加した加島五騎に干渉せず―流鏑馬料は浅間大社持ちにも関わらず―、その管掌は緩やかで独立色が強かったようだ。

浅間大社
2.神領および供僧
神領

神領は、天正18年(1590)豊臣秀吉から朱印領52石4斗8升、加島流鏑馬料79石9斗6升を認められた。下って文禄2年(1593)『富士大宮浅間社領渡帳』では賀島流鏑馬・米之宮領として100石となり、元和3年(1617)『富士大宮御神領之事』では米之宮・薬米寺・流鏑馬五騎馬分として106石2斗4升。内訳は米之宮禰宜19石7斗9升、供僧薬米寺7石5斗、摂社山王分3石8斗5升、流鏑馬75石だった。寛永18年(1641)徳川家光の朱印領も同高である。

浅間大社摂社の中でひと際石高が大きく、また富士地域の神領としても浅間大社、下方五社に次ぐ規模だった。

供僧薬米寺

神域の規模は、寛政2年(1790)11月の『本宮及末社間數坪數書』に「本市場村米之宮社 2間3間 社地1万3,515坪」とある。ほかに米之宮鍵取屋敷926坪、米之宮供僧薬米寺屋敷166坪が記載されており、この面でも他の浅間大社摂社とは比較にならないほど大きな規模だったことが分かる。

供僧の薬米寺は、正しくは米穀山医王光院薬米寺といった。浅間大社別当宝幢院末(ただし寺領は浅間大社大宮司より配分を受けた)の真言宗寺院だったが、明治初期に廃されている。また本市場の米宮山延命寺(曹洞宗)は元神護寺だったとされ、本尊は米之宮でまつられていた延命地蔵菩薩を勧請したものと伝えられる。

延命寺
明治以降

明治8年2月郷社に列し、同10年3月内務省通達により浅間大社摂社と改めて定められた。(ただし現在は独立している)

明治中期の『神社調上申書』によれば、当時は神域641坪、鳥居1丈8尺×1丈3尺、拝殿3間×4間、本社2間2尺×1間半、向拝2間2尺×1間、庁屋1間半×4間、氏子150戸、信徒2,226人の規模。境内社として日吉神社、八幡宮、竈神社、愛宕神社があった。やや下って『富士郡神社銘鑑』では氏子崇敬者3,518戸に著増しており、茅葺とおぼしき入母屋造り拝殿の写真が掲載されている。

街中ながら心地良い神域

往来を背に大鳥居をくぐると、せわしなさは薄れ落ちついた雰囲気に包まれる。ひろい境内に大きなクスやムク、桜などが梢をのばし、その下をハトがゆうゆうと闊歩。街中にありながら心地良い神域を成している。とりわけ桜の季節ははなやぎ、花見に立ち寄る人も多い。

大鳥居
大鳥居

大鳥居のさきに小さな石鳥居がある。かつて旧東海道ぞいに石鳥居が立っており、いつしか境内に移されたという。おそらくこの鳥居のことだろう。くぐると左に手水舎があり、右手には御神木。クスとムクが寄り添う夫婦木で、根元に夫婦木神社が祀られている。

続いて神池にかかる太鼓橋を渡ると、参道なかばに江戸期奉献の石灯籠4基と百度塚がならぶ。灯籠は貞享2年(1685)1基、同3年2基、元禄3年(1690)1基と古く、いずれも石川氏の奉献。百度塚も宝永5年(1708)12月と歴史を有し、「諸願成就」と刻まれている。

御神木
御神木と夫婦木神社
神池
神池

参道のはてに本殿と拝殿、舞殿、社務所などが緑樹を背に建つ。拝殿は昭和33年改築ながら、塗り替えから間もなく朱と白のコントラストが色鮮やか。前面を飾る干支大絵馬2枚は、富士市と富士宮市の中学校による制作で、毎年師走に掛けかえられている。

拝殿
拝殿
境内風景
石鳥居
石鳥居
境内風景
境内風景
手水舎
手水舎
御神木
御神木
百度塚
百度塚
石灯籠
江戸期の石灯籠
境内風景
境内風景
境内風景
境内風景
社殿
社務所、拝殿、舞殿
社務所
社務所
拝殿
拝殿
絵馬
中学校制作の大絵馬
絵馬
中学校制作の大絵馬
舞殿
舞殿
本殿
本殿

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本社社殿東側に福寿宮・天満宮の合殿が鎮座している。福寿宮祭神は大国主大神・事代主大神で、創祀は不詳。天満宮は菅原道真を祀り、平成6年に併祀された。

ほか、参道脇に御神木を祀る夫婦木神社、本殿裏側に地ノ神を祀る地ノ神社(創祀不詳)がある。

福寿宮・天満宮
福寿宮・天満宮
夫婦木神社
夫婦木神社
地ノ神社
地ノ神社

江戸期は山王社(摂社)があり、専任の禰宜がつとめ、神領から3石8斗5升が配分されていた。

下って明治中期の『神社明細書』では日吉神社(旧山王、祭神大山咋神)、八幡宮(応神天皇)、竈神社(奥津比古神、火産霊神、奥津比賣神)、愛宕神社(火産霊神)が列記されている。ほかに「明治十三年ノ明細帳倉稲魂神社トアルハ本市場ノ新田ノ村社稲荷神社」と記し、別殿で祀っていた稲荷社を本市場新田に遷したと記されている。

例大祭

例大祭は5月2日。前日、田子浦で浜降りを行い、当日は神事に続いて稚児・武者行列を行なう。

大永6年(1526)原本とされる『御祭禮日鑑記』を引くと、中世から江戸期は1日~4日にかけて行われ、流鏑馬が奉納された。5騎で構成された射手は「加島五騎」と呼ばれ、富士郡下方庄の下方五騎、同上方庄の上方五騎とともに浅間大社五月会でも射手を務めていた。

例大祭
馬弓神事

こんにち米之宮浅間神社の流鏑馬神事は途絶えているが、1月3日に紅葉台木曽馬牧場(山梨県・鳴沢村)の和種馬によって馬弓神事が奉納されている。

馬弓神事
行事風景
正月
正月。大鳥居風景
正月
正月。込み合う授与所
例大祭
例大祭。稚児・武者行列
夏越の大祓い
夏越の大祓い
参考文献 境内由緒板、公式リーフレット、社務所談、駿河記、駿河国新風土記、駿河志料、淺間文書纂、神社調上申書田子浦村、明治神社誌料、富士郡田子浦・加島・岩松村誌、加島村誌、静岡縣富士郡誌、淺間神社の歴史、富士郡神社銘鑑、静岡縣神社要覧、静岡縣神社志、富士市史、富士市富士地区神社名鑑、富士市の神社、駿河、行人塚、富士市のまつり、かじまの春秋、全国神社名鑑、角川日本地名大辞典、日本歴史地名体系
(フォト最終撮影日:平成23年12月23日)
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